三上竜馬は困惑していた。職人のデジモンに頼めば訓練用の武器くらいは作ってもらえる、そんな軽い気持ちでいた少年は、続く予想外の事態に思考が停止する程の衝撃を受けていた ――― ある日、デジタルワールドにある温泉宿にグロットモンが招かれ、壊れた家具に代わる新しい物を作って欲しいという依頼を受けて作業をしていた。 木材を工具で加工する音を響かせる彼に近寄る影が二つ、この山に住むというテリアモンとロップモンの兄弟だった。子供が職人の作業する様子が気になるのは人間もデジモンのあまり変わらないのだろう。 どうやら物を壊した張本人らしいが、熱心に作業するグロットモンにとっては些細な事だった。というよりも、近付き過ぎて怪我されたり、作業の妨げになる方が気掛かりなのだ。 グロットモンはそんな子供達に端材を加工した木刀を二振り、惚れ惚れする程に手早く仕上げ「向こうでチャンバラごっこでもして遊んできな」と渡す。 出来立ての武器を受け取った子供のデジモン達は喜び勇んで駆け出し、すぐにカンカンと打ち合ってチャンバラの真似事をし始める。が、とてもたどたどしく、チャンバラごっこと呼べるかも怪しい有様だ。 やがて、見かねた鉄塚クロウが二匹の間に割って入り「剣の振らせ方なら詳しい自信がある」と力説するルドモンと共に先輩風を吹かせて騒がしく教え始める。 そんな様子にも気を取られずに木材を加工する様子を眺めていた竜馬に向け、グロットモンが作業を続けながら声をかけてくる 「君も友達に加勢しに行かなくて良いのかい?」 「……今、行くと邪魔になる。それより、あんたは武器を作れるのか?」 職人の問いかけに対し、軽く首を振り逆に問いかけてきた竜馬に、職人は口角を上げて応じながら先んじて名乗った。 「こういう時は作れるのかじゃなくて、作って欲しい武器があるって言うもんだぜ?まぁ、それは置いておいて…君、名前は?俺はリンドウ――河戸竜胆だ」 「俺は竜馬。三上竜馬だ。その名前…あんた、人間なのか」 「以前はね、今はこの通りさ。」 そう言いながら作業の手を止めたグロットモンがスピリットエボリューションを解くと人間――ではなく、ブイモンの姿が現れる。 「ま、俺の事はどうでもいい。それより、君の話を聞かせてもらおうか。どうして武器が欲しいんだい?」 「……」 「…どうした?」 すぐに思いの丈を聞けると思っていたリンドウと名乗るブイモンは、険しい顔のまま微動だにしない少年に不思議そうな表情を浮かべ、あるいは心配そうに声を掛けた。 「…ちょっと…今、動揺してる…」 「あぁ…そっか…ごめん、肝が据わってそうだから大丈夫かなって…いや違う、俺が油断し過ぎていたな、驚かせて申し訳無い。  色々気になるだろうけど、大事なのは君の話だ。作業ももう少し掛かるし、落ち着いてからで構わないから聞かせてくれ」 想定していたのとは違うリアクションに一旦は意外そうにするも、リンドウは謝意を述べ、竜馬が落ち着いてから話してくれれば良いと作業を再開する。  そうして木刀を盾に打ち付ける訓練の騒がしさを背に受け、彼らはしばしの間沈黙を続けた。 やがて、一通りの作業を終えて客室に置ける机を仕上げたリンドウは、満足げに腕組みしながら一人でうんうんと頷く。 「よし、これで後は乾燥を待てばオッケーだな。それじゃ、注文を聞こうか」 「……訓練用でいい、ハルバードが欲しい。」 注文を促された竜馬は、残っていた端材からなるべく長い物を選び、これをハルバードに加工して欲しいと告げる。 そして、自分が相棒と共にメディーバルデュークモンに進化出来るようになったこと、その際により良く戦えるよう感覚を掴む為に訓練用の武具が欲しいのだと、トリケラモンから退化したエレキモンと共に語る。 そうして竜馬が語っているのを聞きながら、リンドウは作業を進めていく。柄を削り出し、更に穂先も削り出す。 メディーバルデュークモンへと至った経緯、これまでの旅路のこと、出会った人々のこと、様々な話を聞き出しながら。 その大半はエレキモンによる解説――という体裁での自慢話であった。時折、竜馬がそれは誇張し過ぎだと訂正するが、相棒の英雄譚を語るのは余程楽しいようでとどまる所を知らなかった。 ――― 喋り疲れたエレキモンがぐったりして休み始めた頃、リンドウは作業の手を止める。 「さて、ひとまずはこんな所か…保護剤での塗装とか、持ち手部分やらの仕上げはまた後でやるとして…持った感じはどうかな?」 「ん…」 端材から削り出しただけの木製の柄と穂先の質素な試作ハルバード、それを受け取った竜馬は見様見真似で素振りをしてみる。 左右への薙ぎ払い、振り上げからの叩き付け、一歩踏み込んでからの突き。それらの動作を何度か繰り返し感触を確かめる。 「持ちやすくてちょうどいい…と、思う。自分用の武器なんて初めてだから、本当に合ってるかは分からないけど」 「そりゃあ仕方ないよ、何事もやってみないと分からないしね。自信は後からついてくるもんさ、しばらく使ってみてくれ。」 自身の手の内に収まる武具を見つめ、竜馬は考え込む素振りを見せる。そんな少年にリンドウは自信満々な様子で後押しする。 「せっかくだ、少しサービスしよう。君、デジヴァイス…無かったらケータイでもいいや、何か端末持ってるかい?」 「一応、スマホなら…」 「よし、それにしようか。武器は一旦預からせてもらうとして…画面をこっちに向けてくれるかな」 いったい何をするのかと言いたげな怪訝そうな様子で、竜馬は促されるがまま武具を返却し、スマホの画面を目の前のブイモンに向ける。 「これで良いのか?」 「うん、そのまま動かないで」 リンドウが二、三度深呼吸して何やらブツブツとつぶやく。どうも手順を自身で復唱している様子だ。 そして、意を決したブイモンが手にしたハルバードを竜馬の持つスマホに押し当てる。と、スマホの画面が輝きだし、竜馬は驚きの声を漏らす。 それに構わずにリンドウが押し込む動作をすると、木製のハルバードがスマートフォンの中に飲み込まれていく。 時間にしてわずか数秒。しかし、竜馬からは何分も経ったかのように錯覚する程の驚きに満ちた体験だった。 「画面を見てごらん」と促されてハッと我にかえり、竜馬は慌てて画面を確認する。 「これは…」 「アイコンが増えてるだろ?押してみな」 ホーム画面に追加された斧槍を模したアイコン。誘われるまま竜馬がそれをタップすると、輝きと共に先程スマホの中に消えたはずの武具が顕現する。 「こういう感じが『魔法騎士』っぽいかなと思うんだけど…どうかな?」 「……恩に着る」 その後、リンドウは登録した武具の出し入れのやり方をレクチャーし、竜馬はしばらくそれらしい所作を練習することにした。 ――― 竜馬が自分なりの所作を見つけた頃、リンドウは神妙そうに切り出す。 「そいつを譲るにあたっていくつか…そうだな…三つほど約束して欲しい」 「…具体的には?」 それに竜馬は表情一つ変えずに聞き返す。 「一つ、自分の命を大事にすること。二つ、仲間の命を大事にすること。三つ、戦うことを目的にして戦わないこと。そんでもって贅沢する心を忘れないこと。ありゃ、これじゃ四つか」 「オイラ、前半は当たり前ってやつだと思うなぁ…?」 「うん…後半は?」 「よく血の気の多い奴が『デジモンは戦う生き物だ!』なんて言うけど、それって人間も同じなんだよね。  自分たちが優位に立つ為に競い合うなんて、いつも学校でやってただろう?テストの点数だとか体育の授業でどれだけ良い記録出せたかとかさ  それが規模が大きくなるとケンカになり、殺し合いになり、国同士の戦争になる。デジモンもそれは大して変わらない。  でも、全ての人間が争いを望むわけではないように、デジモンだって大人しく暮らしたい奴も多い。それはここの光景を見れば分かる。  ところがどっこい、自分が暴れたいが為に、あるいは誰かが戦っている姿を見たいが為に、大勢を巻き込んで争いを起こす奴が人間にもデジモンにもいる…悲しいことだけどね。  そういう人にはなって欲しくないのが三つ目、ここまでは良い?」 言われずともわざわざする必要の無い約束だ――そう言いたげに頷かれると、リンドウは言葉を続ける。 「四つ目はまぁ…別に難しい話じゃないんだけどさ。美味い飯食って、風呂でさっぱりして、良い感じの寝床でぐっすり寝る。  単純だけど大事だと思うんだよね。そういうのをおろそかにすると、人間らしさっていうか、心の重要な部分が駄目になっていくんだ。  そして、生きる為の手段を選ばなくなって、いずれは人間と呼べないものになっていく…滅多にない事だけどね。  君の噂話はよく聞くし、きっと噂より強いんだろう。でも、本当に大事なのは戦う強さとは別の部分なんじゃないかと俺は思うんだ。  ま、ここに来てるような人に言うのは余計なお世話だけど、念のためってやつさ」 チャンバラごっこしているデジモン達の周りにいつの間にか人が集まり、審判まがいの事をしたり声援を送ったり思い思いに過ごしている。 時として命を懸けた戦いをする世界とは思えない光景に竜馬は何を思ったのか、その光景から足もとのエレキモンに目線を落とし、改めてリンドウに向き直る。 「大丈夫だ、俺は間違えない」 「相分かった――それじゃ、オマケ機能の盾の魔法について教えておこう」 「盾の魔法…あんたもウィッチェルニーの魔法使いなのか?」 「いや、これでも日本に実家のあるれっきとした日本人だよ。まぁ、それは置いといて、彼らの言う魔法はプログラムであり、体系化された純然たる技術だ。  魔法の宿った武具を使うデジモンがいるなら、魔法の宿った武具を作れるデジモンもいる。だから俺も出来るように頑張った、ここまではいい?」 何かとても重大な事を置かれたような気がしたが、竜馬は首を縦に振る。 「盾の魔法、バリアー、結界術、ビームシールド、光の盾…まぁ、呼び方はなんでも構わない、大事なのはちゃんとイメージ出来るかだ」 「イメージ…俺に出来るだろうか…」 竜馬の不安を察すると、リンドウは「ついておいでよ」という仕草と共に喧騒の中に入っていく。 チャンバラごっこで遊び疲れた様子のテリアモンとロップモン達からそれぞれ木刀を預かり、竜馬に向けて「かかってこい」と仕草をする。 「あいにく、俺も座学で教えられる自信はあんまり無くてね――せっかくだ、少しくらいそれを振り回すのに慣れた方が良いだろう」 「あんた、強いのか?」 「まぁ、自信は有る方かな?自分の作った武器の使い方も教えられないようじゃ、恥ずかしくて職人名乗れないよ」 ――― 「よっと!ほっ!」 「ちょこまかとすばしっこい…!」 「またブレてるぞ、腕だけで振るんじゃない、足腰をしっかりと使うんだ!」 「さっきから何度もやっている!!」 竜馬の振るう武器の動きに合わせてリンドウが動き回る、縦横無尽に跳び跳ねて回避、あるいはそれを木刀で受け止めては改善点を指摘する。 少しずつ、だが確実に経験が積み上がっていく。それはリンドウの回避に余裕が無くなっていく事で竜馬にも実感出来ていた。 しゃがみながら足もとを薙ぎ払う下段攻撃、それが跳んで躱されると立ち上がり遠心力に任せて一回転しながら振り上げで追撃する。 それをリンドウは空中で木刀を十字に組んで備えるが、お互いのタイミングが合わず命中する事無く竜馬の斧槍が空を切った。 竜馬はまだ止まらない、勢いを殺さぬよう更に身を翻し、上段からの一撃を叩き込む。――叩き込んだはずだった。 着地しながら防御の姿勢をとったリンドウ、彼の構える武器に触れる寸前にバチっと爆ぜる音と共に光が瞬き、武具を弾かれた竜馬は堪らず仰け反る。 「それが…あんたの盾の魔法か」 「ああ、そいつにも同じようなのが付与してある」 「どうやれば良い?」 「あまり複雑なコードにはしてないから、自分なりの盾をイメージ出来れば大丈夫なはずだよ。あとはまぁ…守りたい気持ち…かな?」 「俺の…盾のイメージ…」 竜馬は思案する仕草をしながら武器を構え直す、そこに「竜馬〜!頑張れ〜!」とエレキモンが声援を送る。 それを皮切りに二人が踏み込み、互いの武器を打ち合う。使い慣れ始めた竜馬の攻撃は速さも上がり、苛烈に打ち込む。 リンドウはそれら全てを受け止め、受け流し、はじき返す。そして隙が大きくなれば打ち込み、攻め気の強い竜馬に防御を促す。 幾度も同じやり取りを繰り返す、だが、未だ竜馬が盾の魔法を発現するには至らない。いったい何が足りないのか、竜馬の所作に焦りが出たのをリンドウは見逃さない。 「どうした、集中が切れてるぞ!」その声にハッとした竜馬は飛び退き、繰り出されていた空中回し蹴りをすんでの所で回避した――つもりだった。 ブイモンのしなる尻尾が鈍い音と共に腹へ叩き込まれ、呻き声を漏らしながら背を地に付ける。 「あっ!?すまん!大丈夫か?」 「ゲホッ!問題無い、続けてくれ…!」 「そうか…今日は無理せずこれくらいにしよう…」 「問題無いと言っている…!」 助け起こそうとしたリンドウの手を払いのけ、竜馬は自力で立ち上がる。 運動による汗か、あるいは痛みによる脂汗か、大粒の汗が滴るのも気にせず「続けてくれ」と促してくる少年に、リンドウは呆れるのを隠せない。 「自分の命を大事にしろと言っただろう?」と休息を促そうとするリンドウの耳に、いつの間にか観戦していた者たちの声援が耳に入る。 もっとも、そのほとんどは竜馬へ向けられたものなのだが。 「君、友達が多いんだな」 「別に、あいつらはそんなんじゃない…」 「へぇ…そうなのか?」 「たまたま行き先が同じだけの他人だ…また後で別れる」 そこまで聞いたリンドウが急に吹き出して笑い始め、竜馬は怪訝そうな表情で目の前のデジモンを見下ろす。 「いや、すまない…フフッ…いつの時代も同じこと言う人いるんだなって、別に気にしなくて良いよ…くくっ」 「そんな変な事言ったか、俺?」 「そりゃあ…たまたま行き先が同じなだけでこんな宿屋に来るのは、もう仲間と言って差し支えないだろ」 「…そんなもんか?」 「そんなもんだよ?」 終わりの見えない問答が始まりそうになったその時、事の仔細を見守っていたエレキモンが声を上げる。 「竜馬!オイラ、竜馬なら出来るって信じてるから!」 「ああ…ありがとう。あんた、もう一回だけ頼む」 パートナーデジモンからの声援を受け、竜馬は改めてリンドウに向き直り声をかける。 「本当に休まなくて大丈夫?」 「問題無い、もう"見付けた"から」 「そうか、分かった」 それだけ言葉を交わし、互いに距離をとって武具を構える。 そして、竜馬は静かに自身の見付けたイメージを固めていく。それに応じ、ハルバードは刻まれた魔法を示した。 (俺の盾…俺の鎧…俺の武器…いや、俺の最強の相棒、トリケラモン!) 守りの形から攻めの形へ、発現した盾の魔法は竜馬の望む姿へ変貌していく。 「参ったな…それは予想外だぞ――スピリットエボリューション!」 三本角の角竜を模した魔法と竜馬が発する気迫に反応したリンドウは、迷わずスピリットエボリューションをしてグロットモンに姿を変える。 そしてしっかりと地面を踏みしめ、受け止める構えを見せ「いつでも来い」と促す。 それに小さく頷き、竜馬は土を削る勢いで駆け出し突撃する。自分を守り、仲間を守りながら敵を討つ。その為に竜馬の出した答えはシンプルだった。 盾と槍を一つにして自ら敵を穿つ。今まで彼がこれまでの旅路でトリケラモンと一緒にやってきた事だ。それはこれからも変わらないのだろう。 「レイジ・オブ・トライホーン!」 咆哮。想いを乗せた全力がグロットモンへ向けて突撃する。。 さぁ来いと迎え撃つグロットモンは、しかと大地を踏みしめながら光の壁を展開し、唸る角竜を待ち構える。 これがぶつかり合えばどうなるか、そんな不安が竜馬の脳裏に浮かぶ。が、更に一歩踏み込んだ瞬間に掻き消える。今は考え事をしている場合ではないのだ。 盾の魔法同士が激突し、衝撃で空気が震える。その光景に騒いでいた外野の者たちも押し黙り、固唾を飲んで見守る。 壁に激突した角竜は尚も土を蹴り、光の壁を押し破らんと力の限り唸る。 「うおおおぉ!」 「どうした騎士殿!威勢の割にパワーが足りてないぞ!!」 それは少しずつ、だが、確実にグロットモンを押し込み足もとに電車道を作る。しかし、彼もただ立ち止まってるわけにはいかない。 息継ぎの瞬間、わずかに力の緩む刹那に合わせて光の壁を押し返し、一歩また一歩と元居た場所へと押し込んでいく。 「スタミナ切れか?腹も減った頃だしな!」 「まだだ…!俺を…俺たちを…ナメるな!」 若き騎士は土を抉るほど強く踏みしめ、一点を狙いハルバードを押し込む。 突き進み続ける不屈の一撃に耐え兼ね、光の壁は音を立て亀裂が走り、グロットモンはそれが破られるよりも早く飛び退く。 ただ逃げたわけではない。引き下がりながら指で銃の形を作ると光の壁の破片が集合する。 戦い慣れた若き戦士は、一目見ただけでこれから何が起こるのかを察する。だが、これは一言文句を言わねばなるまい。 「流石にそれはズルだろ!」 「応用編だ、しっかり踏ん張れ!」 放たれた光の結晶が光刃、あるいは光弾として角竜の盾へと襲い掛かる。 激突し爆ぜる無数の光と音が盾を傷付け、着実に盾が削り落とされていく。その最中、竜馬はイメージを研ぎ澄ませて〈もっと盾を強くしろ!〉と訴えかける。 それに応えるようにハルバードが反応し、力強さを増した光の角竜で正面から受け止めながら竜馬は確信する。やはり、これの正体は"盾の魔法"なんかじゃない、と。 盾の魔法と言えば盾をイメージしやすくなるからそう呼んだだけで、本質はまた別の所にある、それは今受けている攻撃からも明白だ。 内心で(何がサービスだ、それくらい説明しておけ!…俺もか)などと愚痴りながら、心のどこかで高揚感もあった。これを使って自分は何かを為せるのだろうかと。 竜馬が攻撃を防ぎきると、急に辺りが静まり返る。そこでようやく自分たちが注目を受けていた事を思い出す。 互いに気まずさを感じているらしい視線が数舜交わり、どちらかともなく礼をすると喝采に包まれてその場はお開きになり、 その後、派手な組み手を見られたと喜ぶ者、あるいは竜馬が魔法を使う姿に驚いた者、それぞれが思い思いに語り合い、騒ぎが鎮まるまでしばらくかかる事となった。 ――― 「ちょっとリンドウ!人間相手にムキになるなんて何考えてるのよ、しかもまだ子どもじゃない!!」 「いや、その…テンション上がっちゃって…反省してます…だから、カメリアも落ち着こ…?」 ほとぼりが冷めた頃、リンドウはブイモンの姿で正座しながら愛妻のガオモンからの説教を受けていた。 人間相手に危険な行為をしたのを咎める一撃を受け、その上で更に凄まじい剣幕で叱りつけられて堪らず進化を維持出来なくなったのだ。 何とか機嫌を取ろうとしたリンドウであったが、獣らしい唸り声と共に見下ろすカメリアの威圧に負け、太さのある尻尾をぺたんと地面にくっつけて萎縮していた。 先ほどまでの威勢は何処へやら。 「あ!あなたはちっとも悪くありませんからね、気にしないで大丈夫よ。その品はちゃんと責任持って仕上げさせますから、明日を待ってて下さいね。  修理や強化だっていつでも受け付けるから、気になる事が有ったら遠慮無くうちの店に来てちょうだい」 「ああ…よろしくお願いします…それじゃ、また明日」 スッと笑顔に切り替え接客モードになるガオモンに圧倒され、促されるまま武器を託し、竜馬はエレキモンを連れてその場を離れる。 「竜馬、あの二人放って置いて良いの?」 「夫婦喧嘩は恐竜でも食わないって言うからな」 「それって犬も食わないじゃなかった?」 「…そうだったかもな」 部屋に戻ろうとする彼らの後ろでまだ声が響く。 「えっ!?泊まる予定じゃなかったはずだけど!?」 「あなたが時間を忘れて作業してるからでしょう、ちゃんと手続きしてます。  でも、塗料の臭いが付くから仕上げ作業終わるまで部屋に上がっちゃ駄目よ」 「分かってる、なるべく早く終わらせるよ」 ここは富士見温泉郷、人間とデジモン達が共に暮らせる山。 危険と闘争に包まれたデジタルワールドで穏やかに暮らせる場所、ただし、少々騒がしい日もある。 <終わり>