『遊星「ポケットモンスター スカーレット&バイオレット?」』 ネオ童実野シティの喧騒が遠くに聞こえるガレージ。Dホイールのメンテナンスに響く金属音とオイルの匂いは、彼らにとっての日常そのものだった。 「それにしても、最近シティのガキども、みんな同じ話で盛り上がってんだよな」 パーツを磨く手を止め、クロウ・ホーガンが不意に口を開いた。 「何だっけな……そう、『ポケモンSV』とか言ってたか」 「ポケモン……SV?」 Dホイールのエンジンブロックを覗き込んでいた不動遊星が、静かに顔を上げた。その言葉の響きに、遊星の整備の手が止まる。 クロウは「あ、いや」と付け加えた。 「正式には確か、『ポケットモンスター スカーレット&バイオレット』だ」 遊星は初めて聞くその単語を、確かめるように口の中で繰り返した。 「ポケットモンスター……スカーレット&バイオレット?」 待ってましたとばかりに、クロウの口調が弾む。 「おう! なんでも『パルデア地方』っていう、俺たちが住んでる場所とは全然違うところを冒険する話らしいぜ。ポケモンっていう不思議な生き物をボールで捕まえて、育てて、バトルさせるんだとさ!」 「バトル……デュエルのようなものか?」 遊星の問いに、クロウは「まあ、そんな感じじゃねえか?」とニヤリと笑う。 「それに一番すげえのが、『伝説のポケモン』だ。そいつ、なんとバイクみたいに変形して、広大なフィールドを一緒に走ってくれるらしいぜ! まるでDホイールみたいにな!」 目を輝かせながら語るクロウ。共に走る相棒、という言葉に、遊星もわずかに興味を引かれたようだった。 だが、その空気を切り裂くように、無遠慮な音が響いた。ズズズッ、と麺をすする音。そして、部屋の隅でふんぞり返っていた男の、尊大な声。 「フン、くだらん」 カップ麺の容器をテーブルに乱暴に置き、ジャック・アトラスは腕を組んで二人を睥睨した。 「モンスターをボールなどという窮屈な場所に閉じ込め、戦わせるだと? キングである俺の、魂を燃やすデュエルとは天と地ほどの差がある!」 「なっ、そう頭から決めつけるこたねえだろ! 面白そうじゃねえか!」 食ってかかるクロウを、ジャックは鼻で笑う。 「キングの貴重な時間を、そのような子供の遊戯に費やす価値があるとは思えんな。それに、伝説の乗り物だかなんだか知らんが、我がレッド・デーモンズ・ドラゴンの咆哮と、俺のホイール・オブ・フォーチュンの走りに勝るものなど、この世に存在するものか!」 いつもの調子で豪語するジャックに、クロウは呆れたように「へいへい」と肩をすくめる。だが、遊星は腕を組み、静かに思考を巡らせていた。 「スカーレットとバイオレット……二つのバージョンがあるということは、そこには何か対になる意味があるのかもしれないな」 その呟きは、誰に言うでもなく、自身の探求心から発せられたものだった。 「ポケモンという仲間との絆で強くなる……か。面白い」 未知のテクノロジー、未知の世界、そして新たな絆の形。不動遊星の瞳には、キングのプライドやエースの意地とは違う、純粋な好奇心の光が静かに宿っていた。