第一章:迷宮の扉 からん、と乾いた鈴の音がした。 小鳥遊詩織は、古びた木製のドアをそっと押し開け、一歩だけ店内に足を踏み入れた。途端に、鼻腔をくすぐる匂いの変化に、彼女は小さく息を呑む。外の湿ったアスファルトの匂いとは隔絶された、芳醇なコーヒーの香りと、古い紙が持つ独特の甘いような、乾いたような匂い。それが混じり合い、詩織の強張っていた肩から、ほんの少しだけ力を抜いた。 店内は、想像していた以上に静かだった。焦げ茶色に磨き上げられた木の床は、彼女の履いてきたスニーカーの足音すら吸収してしまうかのようだ。視線を上げると、壁という壁が天井まで届く本棚で埋め尽くされている。そこにぎっしりと詰め込まれた背表紙の群れは、まるで沈黙した賢者たちの行列のようにも見えた。客の姿はなく、ただ、どこからか微かにクラシック音楽が流れているだけだった。 「いらっしゃいませ」 カウンターの奥、薄暗がりの向こうから、穏やかな声がした。詩織の心臓が、とくん、と跳ねる。声のした方へ視線を向けると、一人の男がゆっくりと立ち上がるところだった。年の頃は四十代半ばだろうか。白髪の混じった髪をきっちりと分け、清潔感のある白いシャツに黒いエプロンを締めている。細身だが、その立ち姿にはどこか揺るぎない安定感があった。 「あの、アルバイトの面接に、伺いました。小鳥遊と、申します」 か細い、自分でも情けなくなるような声だった。詩織はぎゅっと、肩にかけたトートバッグの紐を握りしめる。履歴書の入ったクリアファイルが、バッグの中で硬質な感触を伝えてきた。 男は柔和な笑みを浮かべた。目尻に刻まれた皺が、人の良さを物語っているように見える。 「ああ、小鳥遊さん。お待ちしておりました。店長の重松と申します。どうぞ、こちらへ」 重松と名乗った男はカウンターから出てくると、詩織を手招きした。彼の指は驚くほど長く、そして節くれだっている。その指が示す店の奥には、「事務所」とプレートが掲げられたドアがあった。詩織はこくりと頷き、彼の後に続いた。重松の背中越しに、再び鈴の音が鳴り、ドアが閉まる。外の世界から完全に切り離されたような感覚に、詩織は言いようのない心細さを覚えた。 事務所の中は、店の整然とした雰囲気とは対照的に、雑然としていた。壁際にはやはり本棚が鎮座しているが、そこには収まりきらない書籍や書類の束が床にまで山を成している。小さなスチールデスクが二つ向かい合わせに置かれ、その一つに重松は腰を下ろした。 「どうぞ、お掛けください。狭くて申し訳ない」 勧められるまま、詩織はもう一方の椅子に浅く腰掛ける。膝の上で、トートバッグを抱きしめるように置いた。部屋には、店の匂いに加えて、インクと、そしてこの部屋の主である重松自身の匂いが濃く満ちていた。それは決して不快なものではないが、彼の私的な領域に踏み込んでしまったという事実が、詩織の胸をざわつかせた。 「では、まず履歴書を拝見してもよろしいでしょうか」 「は、はい」 詩織はおずおずとクリアファイルを取り出し、両手で彼に差し出した。重松は「ありがとうございます」と静かに受け取ると、その長い指でゆっくりと紙を抜き取った。 彼の視線が、上から下へと、文字の連なりを丹念に追っていく。証明写真の、こわばった表情の自分と目が合うようで、詩織はたまらず俯いた。自分の爪先ばかりが視界に入る。重松が書類をめくる、乾いた紙の音だけがやけに大きく響いた。 「小鳥遊詩織さん。大学は文学部で、英米文学を専攻されている、と。なるほど」 重松は顔を上げ、再び詩織に視線を向けた。その目は、ただ文字を読んでいるだけではない、何かを値踏みするような光を帯びているように感じられた。 「どうして、うちのような古書店で働こうと思われたのですか?他にも、もっと時給の良いアルバイトはたくさんあるでしょうに」 定番の質問。わかっていたはずなのに、いざ問われると、用意していた言葉が喉の奥に張り付いて出てこない。 「あ、あの……本が、好き、なので……」 「本が、好き」 重松はオウム返しに呟き、面白そうに口角を上げた。 「それは、実に結構なことです。ですが、好き、というだけでは仕事は務まりません。例えば、どんなジャンルの本がお好きで?」 「……海外の、古典文学が、好きです。特に、十九世紀の……」 「ほう。十九世紀。ジェイン・オースティンとか、ブロンテ姉妹とか、そのあたりですか」 「は、はい。そうです」 予期せぬ的確な作家名を挙げられ、詩織は驚いて顔を上げた。重松は楽しそうに目を細めている。 「良いですね。感受性が豊かなのですね、小鳥遊さんは。そういう方が書物に囲まれて過ごす時間は、きっと格別なものでしょう」 彼の言葉は、まるで彼女の内面を見透かしているかのようだった。誰にも理解されないと思っていた、自分だけの小さな世界。そこに、いとも容易く踏み込んできた男。詩織は戸惑いながらも、初めてこの場所で、ほんの少しの安らぎを感じていた。 「勤務希望は、週に三日。時間帯は午後から夜にかけて、と。ええ、ちょうど人手が足りていない時間帯なので、大変助かります」 重松は再び履歴書に目を落とす。 「接客業の経験は、ないのですね」 「……はい。あの、人とお話しするのが、あまり、得意ではなくて……」 「なるほど」 重松はペンを手に取り、履歴書の隅に何かを書き込んだ。その仕草に、詩織の心臓がまた小さく跳ねる。不採用、と書かれたのだろうか。そんな不安が胸をよぎる。 「ですが、うちは普通のカフェとは少し違いますからね。お客様も、静かに本を読みに来られる方がほとんどです。大声で会話をするような場所ではありません。だから、むしろ小鳥遊さんのように、落ち着いた雰囲気の方のほうが向いているのかもしれません」 それは、紛れもない肯定の言葉だった。詩織の強張っていた表情が、わずかに緩む。 「それに、接客が苦手でも、本が好きだという気持ちは、きっとお客様にも伝わります。本の整理や、棚の掃除、そういった地道な作業も多いですから。真面目に取り組んでくれそうですね、あなたは」 彼は、詩織が一番褒めてほしいと思っていた部分を、的確に言葉にしてくれた。真面目さ。それだけが、自分の唯一の取り柄だと思っていた。 「は、はい……頑張ります」 思わず、少しだけはっきりとした声が出た。その自分の声に驚いて、詩織はまた口を噤む。 重松はその一瞬の変化を見逃さなかった。彼の唇に浮かんだ笑みが、ほんの少しだけ深くなったことに、詩織は気づかなかった。彼はただ、獲物が少しずつ罠に近づいてくるのを、静かに観察しているだけだった。序盤の儀式は、彼の想定通りに進んでいた。 第二章:言葉の探針 事務的な質問が一通り終わると、重松はペンを置き、組んだ両手を机の上に置いた。そして、ふぅ、と小さく息をつく。その仕草が、面接という堅苦しい空気の終わりを告げているように思えた。 「さて、と。堅い話はこれくらいにしましょうか。少し、雑談でも」 彼は椅子の背にもたれかかり、詩織を真っ直ぐに見つめた。その視線は先ほどよりも幾分か個人的な色合いを帯びていて、詩織は居心地の悪さを感じながらも、頷くことしかできなかった。 「履歴書を拝見しますと、ご出身は……四国の方なのですね。随分と遠くからこちらへ」 「あ、はい……大学が、東京だったので」 「なるほど。もう、都会の生活には慣れましたか?」 その問いに、詩織の胸がちくりと痛んだ。慣れた、なんて、口が裂けても言えなかった。電車のホームを埋め尽くす人の波。無遠慮にぶつかってくる肩。誰もが自分以外の人間に関心がないように見える、あの冷たい空気。 「……いえ、まだ、あまり……人が、多くて……」 俯いて、か細い声で答える。それは、誰にも打ち明けたことのない本心だった。 「そうでしょうね。私も、人混みはあまり好きではなくて。だから、こんな路地裏でひっそりと店をやっているようなものです」 重松は、まるで自分のことのように言った。その共感が、詩織の心の壁をまた一枚、静かに溶かしていく。この人になら、話してもいいのかもしれない。そんな危険な錯覚が、彼女の中で芽生え始めていた。 「こちらでは、お一人で?」 「……はい。アパートで、一人暮らしです」 「それは、何かと心細いでしょう。ご両親も心配されているのでは?」 「……たぶん」 詩織は曖昧に頷いた。心配、というよりは、監視、に近い。特に父親は、電話のたびに「男には気をつけろ」「夜道は一人で歩くな」と、まるで子供に言い聞かせるように繰り返す。その過保護さが、詩織にとっては息苦しさの原因の一つでもあった。 「そうですか。うちの店は夜十時までですが、終電は大丈夫ですか?この辺りは夜になると人通りも少なくなりますからね」 「だ、大丈夫です。アパート、ここから歩いて十五分くらいなので」 「ほう、ご近所さんでしたか。それは奇遇だ」 重松は楽しそうに言った。だが彼の頭の中では、彼女の生活圏が具体的に描かれ、行動パターンが予測され、その脆弱なテリトリーが特定されていく。歩いて十五分。夜。一人暮らし。内気な性格。それらの情報が組み合わさり、彼の歪んだ欲望を明確な輪郭へと変えていった。 「失礼ですが」と、重松は少しだけ身を乗り出した。「今まで、アルバイトの経験は全く?」 「……一度だけ、あります。大学の、図書館で……短期の」 「図書館。なるほど、あなたらしい」 彼はくすくすと笑った。その笑い声は、詩織を馬鹿にしているようには聞こえなかった。むしろ、彼女という人間を深く理解している、という響きがあった。 「でも、短期で辞めてしまったのですね。何か、理由が?」 「……職員の、方が……その、少し、苦手で……」 詩織は言葉を濁した。実際は、年配の男性職員から、必要以上に肩を触られたり、耳元で囁かれたりといった、些細だが不快な接触が続いたのが原因だった。しかし、それを口に出すことはできなかった。自分が過剰に反応しているだけではないか、という不安があったからだ。 「そうでしたか。人間関係というのは、どこへ行っても難しいものですね」 重松は深く頷き、同情的な視線を彼女に送った。「特に、小鳥遊さんのように繊細な方にとっては、些細なことでも大きなストレスになる。よくわかります」 見抜かれている。自分の弱さを、この男はすべて見抜いている。その事実に、詩織は恐怖よりも先に、奇妙な安堵感を覚えていた。この人なら、自分を傷つけたりはしないだろう、と。 「うちの店には、男性のお客様も多くいらっしゃいます。皆さん紳士的な方ばかりですが……そういうのは、大丈夫そうですか?」 核心に触れるような、探るような質問だった。 詩織はびくりと肩を揺らし、視線を泳がせた。 「だ、大丈夫……だと、思います……」 「そうですか。それなら安心しました」 重松は微笑んだまま、さらに踏み込んだ。まるで、沼の縁を確かめるように、一歩ずつ。 「差し支えなければ、もう一つだけ。彼氏さんとかは、いらっしゃるのかな?もし、デートの約束なんかでシフトの融通が必要になるなら、早めに言っておいてくれた方が助かりますからね。仕事上の、確認ですよ」 彼は悪戯っぽく片目をつぶしてみせた。その親しげな仕草が、質問の持つ無遠慮さを巧妙に覆い隠している。 「い、いません……」 詩織の顔が、耳まで真っ赤に染まった。それはもう、隠しようのないほどに。俯いた拍子に、黒縁メガネが少しずれる。その動揺は、重松にとっては何より雄弁な答えだった。 「おや、失礼。そうでしたか」 彼は少し驚いたようなふりをしたが、その目は冷ややかに詩織の反応を分析していた。この赤面の仕方は、ただ彼氏がいないだけではない。男性との交際経験そのものがない人間の、純粋な羞恥心の発露だ。ほぼ間違いなく、処女だろう。 その確信は、重松の下腹部に、鈍い熱を灯した。 目の前にいる、小柄な少女。ゆったりとしたブラウスの下に隠された、アンバランスなほど豊かな身体。怯えたように潤む瞳。そして、誰の色にも染まっていない、無垢な心と肉体。 それは、彼が長年探し求めてきた、完璧な獲物の姿そのものだった。 彼の脳裏に、これから繰り広げられるであろう、甘美な陵辱の光景が、鮮明に浮かび上がる。この内気な少女が、自分の手によって、快楽に喘ぎ、乱れていく様を想像するだけで、股間がじわりと疼きだすのを感じた。 だが、彼は焦らない。あくまでも、自分は「心優しき理解者」でなければならない。 「いやはや、余計なことを聞いてしまいましたね。申し訳ない。でも、僕としては、あなたが男性に慣れていないという点は、むしろ好ましいとさえ思いますよ」 「……え?」 詩織が、不思議そうに顔を上げた。 「だって、その方が、僕が色々と教えてあげられるでしょう?」 重松は、悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべた。 「仕事のことはもちろん、この街のこと、それから……まあ、人生の先輩として、ね。困ったことがあったら、何でも相談してください。僕が、あなたを守ってあげますから」 その言葉は、まるで甘い毒のように、詩織の孤独な心に染み込んでいった。守ってくれる。その一言が、彼女の中で絡まっていた不安の糸を、いともたやすく解きほぐしていく。 彼女はまだ知らない。その庇護の腕が、実は彼女を絡め取るための、粘着質な蜘蛛の糸であることを。 重松は、詩織が完全に心を許したことを確認すると、ゆっくりと立ち上がった。 「さて、と。面接はこれくらいにして……」 彼の目が、値踏みするように、詩織の全身をゆっくりと舐めるように見た。 「採用、ということで、よろしいですね?」 「え……あ、はい!ありがとうございます!」 予期せぬ言葉に、詩織は慌てて立ち上がり、深々と頭を下げた。喜びで胸がいっぱいになり、彼が次に紡ぐ言葉の、本当の意味に気づくことなど、到底できなかった。 「ただ、その前に。一つだけ、確認しておかなければならないことがあります」 重松の声のトーンが、ほんのわずかに低くなった。 「うちの店は、見ての通り、通路が狭い。それに、本は意外と重いものです。業務に支障がないか、身体的な適性も、少しだけ、見させてもらってもよろしいでしょうか?」 それは、あまりにもっともらしい、拒否しがたい提案だった。 第三章:無垢なる肌理 「身体的な、適性……ですか?」 詩織は、オウム返しに呟いた。その言葉の意味を、頭の中で懸命に咀嚼しようとする。重松の言っていることは、理に適っているように聞こえた。この雑然とした事務所を見ても、店の通路が狭いことは容易に想像がつく。重い本を運ぶというのも、古書店ならば当然だろう。しかし、心のどこかで、警報が鳴り響いていた。それは、これまで感じたことのない種類の、本能的な危険信号だった。 「ええ。ほんの簡単な確認ですよ。すぐに終わりますから、ご心配なく」 重松は、詩織の不安を見透かしたように、穏やかに微笑んだ。その笑みが、彼女の警戒心を麻痺させる。断れば、せっかくの採用が取り消しになってしまうかもしれない。それに、この優しそうな店長が、おかしなことをするはずがない。詩織は自分にそう言い聞かせ、小さく、こくりと頷いた。 「……わ、かりました」 その返事を聞いて、重松の目の奥が、一瞬だけぎらりと光ったのを、詩織は見逃した。 「では、まず、そこに立ってみてください」 重松はデスクの脇の、少し開けたスペースを指差した。詩織は言われるがままに、とてとてとそこへ移動し、直立不動の姿勢をとる。膝の上で抱えていたトートバッグは、いつの間にか椅子の上に置かれたままだった。両手が空いてしまったことが、ひどく心細い。 重松はゆっくりと彼女の周りを一周した。品評会にでも出品された美術品を吟味するかのように、じっくりと。彼の視線が、まるで実体を持った手のように、彼女の身体の輪郭をなぞっていく。肩の狭さ、腰のくびれ、そして、ゆったりとしたブラウスの上からでもわかる、胸の豊かさと、スラックス越しに浮かび上がる尻の丸み。 「ふむ……。思っていたよりも、ずっと小柄でいらっしゃる。可愛らしいですね」 彼の声は、すぐ耳元でした。詩織がびくりと振り返ると、重松がすぐ背後に立っている。彼の吐息が、うなじにかかるのを感じた。 「しかし、華奢な割に……その、しっかりしているところは、しているようだ」 その言葉が、具体的にどの部分を指しているのか。詩織は理解してしまい、顔にぶわりと熱が集まるのを感じた。 「ちょっと、失礼」 次の瞬間、重松の大きな手が、そっと詩織の右肩に置かれた。シャツの薄い生地越しに、彼の指の体温がじわりと伝わってくる。詩織の身体が、石のように硬直した。 「うん、やはり肩幅は狭い。これなら狭い通路でも、本棚にぶつかることはなさそうですね」 彼は納得したように呟きながら、その手をゆっくりと肩から腕へと滑らせていく。長い指が、二の腕の柔らかな肉を、確かめるように軽く掴んだ。ぷに、とした感触が、彼の指先に伝わる。 「ひゃ……っ」 詩織の喉から、意図しない小さな悲鳴が漏れた。慌てて口元を手で覆う。 「おっと、失礼。驚かせてしまいましたか」 重松は悪びれる様子もなく、むしろ楽しむように言った。彼の指は、なおも詩織の腕を掴んだままだ。親指が、内側の、最も敏感な皮膚をくすぐるように撫でる。ぞわり、と鳥肌が立った。恐怖と、それだけではない、未知の感覚。身体が、自分の意思とは無関係に反応してしまう。 「腰は、大丈夫そうですかね。ぎっくり腰にでもなられたら、大変ですから」 そう言うと、重松は詩織の背後に回り込んだ。そして、両方の手が、彼女の腰にそっと添えられる。スラックスの生地の上から、腰骨の硬い感触と、そのすぐ下の柔らかな肉の感触が、彼の掌に伝わってきた。 「ん……っ」 詩織は息を詰める。彼の指が、ゆっくりと腰のラインをなぞり始めた。それはもう、適性の確認などという名目では到底ごまかせない、明確な愛撫だった。指先が、徐々に下へと降りていき、尻の膨らみのすぐ上、その境界線を辿る。そこは、自分自身でさえ、滅多に触れることのない場所だった。 「ああ、ここも、随分と……立派ですね。これなら、身体の軸がしっかりしているでしょう」 彼の声は、熱っぽく、湿り気を帯びていた。詩織の耳元で囁かれるその声が、脳を直接揺さぶるようだ。もう、駄目だ。逃げなければ。そう思うのに、足は床に縫い付けられたように動かない。 「ごめんなさいね、なんだか、私が変なことをしているみたいで。でも、本当に大事なことなんです。あなたに、長く、安心して働いてもらうためにね」 優しい声で、彼は言い訳を囁く。その言葉が、詩織の最後の抵抗力を奪っていく。この人は、私のためにやってくれているんだ。そう信じ込もうとする弱い自分が、心の中にいた。 重松は、彼女が抵抗しないことを確認すると、さらに大胆になった。彼は詩織の正面に回り込む。間近で見る彼の顔は、先ほどまでの温和な店長のものではなく、欲望にぎらつく、知らない男の顔だった。 「最後に、もう一つだけ」 彼の視線が、詩織の胸元に突き刺さる。 「小鳥遊さんは、胸が……豊かだ。それは素晴らしいことですが、前屈みになった時、カウンターや本棚にぶつかって、商品を傷つけてしまう可能性も、考えておかなければなりません」 何を、言っているのだろう。この人は。詩織の思考は、完全に停止していた。 「ですから、少しだけ……サイズを、測らせていただいても?」 彼はそう言うと、ポケットからメジャーを取り出すふりをして、その手をゆっくりと詩織の胸元へと伸ばした。 「や……」 やめて、という言葉は、声にならなかった。彼の指先が、ブラウスの上から、右胸の底の、柔らかな膨らみに触れた。 「んん……っ!」 詩織の身体が、弓なりに跳ねた。信じられない感触だった。父親以外の男性に、こんな場所を触れられたのは初めてだった。指が触れた場所から、熱い電流のようなものが全身に駆け巡る。 「大丈夫、大丈夫ですよ。力を抜いて」 重松は悪魔のように優しく囁きながら、その指をゆっくりと動かした。指の腹が、胸の底の輪郭をなぞる。ブラジャーのワイヤーの硬い感触と、その内側にある、信じられないほど柔らかな肉の感触。その対比が、彼の興奮をさらに煽った。 「ああ……なんて、柔らかいんだ……」 彼の吐息が、詩織の顔にかかる。コーヒーと、彼の雄としての匂いが混じり合った、むせ返るような匂い。詩織のメガネが、自分の呼吸で白く曇った。視界がぼやけ、世界が歪んでいく。 「あ、ぅ……ん、ふ……っ」 もはや、意味のある言葉は発せられなかった。口から漏れるのは、ただ、切羽詰まったような、甘い喘ぎだけ。内気で、自己主張のできなかった彼女の身体が、正直な反応を示している。その事実が、詩織に絶望的なほどの羞恥心を与えた。 重松の指は、今や完全に遊び始めていた。親指で、乳房の側面を優しく押し、その弾力を確かめる。人差し指と中指で、底の部分を掬い上げるように持ち上げる。ずしり、とした重みが、彼の掌に心地よかった。 「すごい……こんなに、大きいのに……形も、綺麗だ……」 彼は恍惚とした表情で呟き、もう片方の手も伸ばし、左胸を鷲掴みにした。両手で、その豊満な二つの果実を揉みしだく。ぐに、ぐに、と音を立てんばかりに形を変える乳房。その感触が、彼の理性を焼き切っていく。 「は、ぁっ……や、め……て……くださ……」 途切れ途切れの懇願は、しかし、何の力も持たなかった。むしろ、彼の嗜虐心を煽るだけだ。 「やめないよ。だって、君も……感じているんだろう?」 彼はそう言うと、親指の腹で、ブラウスの布越しに、硬く尖った突起を探り当てた。乳首だ。彼はそこを、ねち、ねち、と執拗に擦り上げる。 「あ……!あっ、んぁ……っ!」 詩織の腰が、がくがくと震え始めた。下腹部の奥、子宮のあたりが、きゅう、と疼く。そこから、じゅわ、と熱い何かが染み出してくるような、未知の感覚。濡れている。そう理解した瞬間、詩織の羞恥心は限界に達した。 「ほら、こんなに……可愛い声、出しちゃって」 重松は、詩織の耳元に唇を寄せ、囁いた。 欲望に濡れた重松の目が映る。潤んで、焦点の合わない詩織の大きな瞳が、彼を射抜いた。 「ああ……なんて顔だ……たまらない……」 彼はブラウスのボタンに指をかける。 一つ、また一つと、小さなプラスチックのボタンが外されていく。その度に、白い肌が、レースの縁取りが見えるブラジャーが、露わになっていく。 「いや……っ、いやぁ……っ!」 詩織は、最後の力を振り絞って、彼の腕を掴もうとした。しかし、その手は、重松に軽々と掴まれ、背中へと回されてしまう。抵抗の術を完全に失った詩織の目の前で、最後のボタンが外された。 ブラウスが、はだける。 純白の、清純なデザインのブラジャーに包まれた、あまりにも豊満な双丘が、重松の目の前に晒された。谷間には、玉のような汗が光っている。 「……素晴らしい」 重松は、まるで芸術品を前にしたかのように、感嘆の息を漏らした。そして、その指を、ブラジャーの中心、二つの膨らみを繋ぐ場所に、そっと滑り込ませた。 「んく……ぅ……っ」 詩織の喉が、ひきつったように鳴った。指が、レースの生地を押し分け、温かく、湿った谷間へと侵入してくる。そして、そのまま、ゆっくりと、ブラジャーのホックへと……。 彼の目的は、もはや疑いようもなかった。これは面接ではない。これは、これから始まる、長く、甘美な調教の、ほんの序章に過ぎないのだ。 詩織の瞳から、一筋の涙が零れ落ちた。それは、恐怖か、絶望か、それとも、抗いがたい快感への、降伏の証だったのか。 事務所の古時計の音だけが、やけに大きく、響いていた。 彼の指が、背中に回した詩織の腕を強く掴んだまま、もう片方の手でブラジャーのホックを弄ぶ。ぷち、ぷち、と小さなフックが一つずつ外れていく乾いた音が、静寂の中でやけに大きく響いた。その音は、詩織の中でかろうじて保たれていた理性の糸が、一本ずつ断ち切られていく音にも似ていた。 「いや……っ」 懇願と共に、ぽろり、と熱い雫が頬を伝った。涙は次から次へと溢れ、黒縁メガネのレンズの内側を濡らしていく。視界が、水の中にいるかのようにぐにゃりと歪んだ。目の前にいる重松の顔も、その背後にある雑然とした事務所の光景も、すべてが滲んで輪郭を失っていく。このまま、何も見えなくなってしまえばいい。そう、思った。 「おや、泣いてしまったのですか」 重松の声は、どこまでも楽しそうだった。彼はホックを外す手を止め、空いた方の指で、そっと詩織のメガネに触れた。 「外しましょうか?涙で汚れてしまっては、せっかくの可愛いお顔が見えない」 「い、やです……!これがないと、見え、ないので……!」 詩織は、ほとんど無意識に、必死の形相で首を横に振った。このメガネは、彼女にとって世界と自分を繋ぐ唯一の道具であり、同時に、臆病な自分を隠してくれる最後の盾でもあった。これを外されたら、裸にされる以上の無防備さで、この男の欲望に晒されることになる。その恐怖が、羞恥心を上回った。 「そうか。見えないのは、困る」 重松は、意外にもあっさりと頷いた。だが、その言葉には、詩織が意図したものとは全く違う、昏い響きが込められていた。 「そうですね。ちゃんと、見ていないと。自分が、これからどんな風にされるのか。その目で、しっかりと焼き付けなければ、意味がない」 彼はそう言うと、詩織の顎をくいと持ち上げ、無理やり視線を合わせさせる。涙で滲むレンズの向こう側で、彼の爬虫類のような目が、爛々と輝いていた。 「あなたのその真面目な目で、僕のすること、全部、見ていてくださいね」 その言葉を合図にするかのように、彼の指が最後のホックを弾いた。 瞬間、窮屈な布の束縛から解放された二つの乳房が、重力に従って、ぽるん、と豊かな質量を震わせた。肩紐だけがかろうじてぶら下がっている、無様な姿。ブラウスははだけ、ブラジャーはもはや何の機能も果たしていない。むき出しの、あまりにも無防備な白い肌が、薄暗い事務所の蛍光灯の下に晒される。 「ああ……素晴らしい……」 重松は、感嘆の息を漏らした。それは、先ほどの言葉とは比較にならないほどの、本心からの陶酔だった。彼は両方の手を伸ばし、その豊満な双丘を、今度は直接、鷲掴みにした。 「んんぅうう……っ!」 詩織の喉から、圧し殺したような悲鳴が漏れた。布越しではない、直接的な肌の接触。男の、乾いて節くれだった指が、自分の柔らかな肉に食い込んでくる感触。それは、想像を絶するほど生々しく、そして、抗いがたいほど官能的だった。 彼の親指と人差し指が、桜色に色づいた乳輪をなぞる。ぞわぞわと、背筋を悪寒のような快感が駆け上った。そして、その中心で硬く尖った乳首を、まるで貴重な宝石でも確かめるかのように、指先でつまみ、ぐり、ぐりと捻った。 「あ……!あっ、あっ、あ、んっ……!だ、めぇ……そこ、は……!」 身体が勝手に、びくん、びくん、と痙攣する。腰が砕け、立っているのがやっとだった。下腹部の奥の疼きが、先ほどよりもずっと強くなる。じゅわ、と、また熱いものが溢れ出すのが、自分でもはっきりとわかった。 「駄目じゃないでしょう?こんなに、硬くなっている。気持ちいいんですよね、小鳥遊さん」 重松は、彼女の反応を心底楽しむように観察しながら、さらに愛撫を深めていく。掌全体で、乳房を底から掬い上げるように持ち上げ、その重みを堪能する。そして、両方の胸を中央にぐっと寄せ、その間にできた深い谷間に、自分の顔を埋めた。 「ん……っ、はぁ……っ」 詩織の顔のすぐ下で、重松の熱い吐息が、彼女自身の肌にかかる。柔らかい肉に埋められた彼の唇が、何かを求めるように蠢いている。そして、 「ひ……っ!?」 にゅるり、とした生温かい感触。重松の舌が、谷間を舐め上げたのだ。 ざらついた舌の感触が、肌の上を這い回る。それは、指で触れられるのとは全く質の違う、粘膜同士が触れ合うような、より直接的で、猥褻な刺激だった。 「あ、あ、あ、あぁ……っ!ん、ぁああ……っ!」 もう、声を抑えることなどできなかった。詩織の口からは、自分のものではないような、甲高い喘ぎ声が次々と迸る。涙で歪んだメガネ越しの視界に、自分の胸の谷間を貪るように舐め上げる、男の白髪交じりの頭頂部が映っていた。その光景は、あまりにも非現実的で、背徳的で、詩織の脳をぐちゃぐちゃにかき混ぜていく。 重松は、飽くことなく彼女の乳房を味わい尽くすと、ゆっくりと顔を上げた。彼の唇は、詩織の肌の匂いと、おそらくは彼女の汗の塩気で、艶かしく濡れていた。 「美味しいですよ、小鳥遊さん。まるで、熟れた果実のようだ」 彼は満足げに微笑むと、その視線を、ゆっくりと下へと移していった。詩織が履いている、ベージュのスラックスへ。 その視線の意味を悟り、詩織の顔からさっと血の気が引いた。 「い、いや……!そこから下は、だめ……!お願い、します……!」 上半身を晒したことだけでも、もう、死んでしまいたいほどの屈辱だった。これ以上、汚されたくなかった。最後の聖域だけは、守りたかった。 「駄目?どうしてです?」 重松は、心底不思議そうに首を傾げた。 「上半身は良くて、下半身は駄目。その理屈が、僕にはよくわからない。君の身体は、全部、君のものじゃないんですか?」 彼の言葉は、巧みな詭弁だった。しかし、混乱しきった詩織の頭では、それに反論することなどできない。 「それに……」と、重松は続けた。彼の指が、スラックスの上から、彼女の下腹部にそっと触れる。「ここ、もう、こんなに熱くなっている。それに、少し、湿っていませんか?」 「ひ……っ!」 的確な指摘に、詩織は息を呑んだ。彼の指が触れた場所から、ショーツの布地が、じっとりと熱い蜜を吸って肌に張り付いているのがわかる。隠しようのない、欲望の証。 「身体は、正直ですね。口では嫌だと言いながら、本当は、僕に触ってほしいんじゃないですか?」 重松は、悪魔の囁きのように、彼女の耳元で言った。そして、躊躇うことなく、スラックスのファスナーに手をかけ、じりじりと、その金属の引き手を下げていった。 がりがりがり、という無機質な音が、詩織の最後の希望を打ち砕いていく。 「やめて……!やめてください……っ!」 彼女は泣きじゃくりながら、身をよじって抵抗しようとした。しかし、背中に回された腕はびくともせず、その動きは、むしろ重松の支配欲を煽るだけだった。 ファスナーが、一番下まで下がりきる。重松は、その隙間から、躊躇なく手を滑り込ませた。 「んんん……っ!」 指が、薄いショーツの布地越しに、ふっくらと盛り上がった恥丘に触れた。そして、その中心にある、熱く、硬く、そしてじっとりと濡れた核心部分を、指の腹でぐり、と押した。 「あ……!あ、あ、ああああああ……っ!!」 詩織の身体が、これまでで一番大きく跳ねた。脳天を、雷で撃ち抜かれたかのような衝撃。直接触れられてもいないのに、あまりにも強い快感が、全身を貫いた。脚ががくがくと震え、立っていることができずに、その場に崩れ落ちそうになる。 「おっと」 重松は、彼女の身体を支えながら、ゆっくりと膝をつかせた。そして、自身も彼女の前に屈みこむ。視線が、同じ高さになった。 涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった詩織の顔を、彼は愛おしそうに見つめる。 「すごいですね。ショーツの上から触っただけで、こんなに感じてしまうなんて。本当に、敏感なんだ」 彼は、スラックスとショーツを、一緒に引きずり下ろそうとした。 「いやっ!脱がさないで……!お願い……!」 詩織は、最後の抵抗として、両膝を固く閉じた。 「ふむ。まだ、恥ずかしいですか。可愛いですね」 重松は、しかし、焦らなかった。彼は詩織の太腿を優しく撫でながら、その指を、閉ざされた膝の隙間から、内側へと滑り込ませようとする。 「あ……ん、ぅ……」 太腿の内側の、敏感な皮膚を撫でられ、詩織の身体から力が抜けていく。閉じていた膝が、意思に反して、ゆっくりと開いてしまう。 その隙間から、重松は容赦なくスラックスとショ織を足首まで引きずり下ろした。 そして、ついに、詩織の最後の秘密が、彼の目の前に晒された。 しっとりと濡れた黒い陰毛に縁どられた、まだ誰にも知られていない、処女の聖域。その中心にある割れ目は、すでに溢れ出した蜜で濡れそぼり、恥ずかしげに、しかし何かを求めるように、小さく蠢いていた。 「ああ……なんて、綺麗なんだ……」 重松は、恍惚の吐息を漏らした。そして、その指を、ゆっくりと割れ目に沿って滑らせる。 「ひぅ……っ!ん、く……ぅ……っ」 指が、粘度の高い愛液を引き延ばす。ねちり、という生々しい水音が、事務所に響いた。詩織は、自分の身体からこんな音が出ているという事実に、羞恥で気が狂いそうだった。 重松の指は、まず、硬く尖ったクリトリスを探り当てた。そして、そこを、親指の腹で、優しく、しかし執拗に、くるくると撫で回し始めた。 「あ、あっ、そこ、は……!んぁ、あ、あ、あ、あ、あ……っ!」 駄目だ。そこをそんな風にされたら、本当に、おかしくなってしまう。詩織の頭の中で、警報が鳴り響く。しかし、身体は、その刺激を貪るように受け入れていた。腰が、勝手にくねくねと動き、彼の指を求めるような動きをしてしまう。 「気持ちいいんでしょう?もっと、欲しいんでしょう?」 重松は、彼女の反応を見ながら、今度は人差し指を、濡れた膣口へと押し当てた。まだ誰の侵入も許したことのない、硬く、しかし熱いその入り口。彼は、指先で、その襞をぐりぐりと抉るように刺激する。 「あが……っ!あ、あ、ああ……っ!い、く……!いっちゃ、う……から……っ!」 詩織は、支離滅裂な言葉を叫んだ。初めて体験する、絶頂の予感。身体の芯が、燃えるように熱くなり、すべての感覚が、彼の指先に集中していく。 「いいんですよ。いってしまいなさい」 重松は、その言葉を合図に、人差し指の第一関節までを、ずぷり、と膣の中に押し込んだ。 「んぎゅぅううううううううううっ……!!」 詩織の喉から、声にならない絶叫が迸った。狭い、狭い処女の粘膜が、異物によって無理やり押し広げられる痛みと、クリトリスを刺激される強烈な快感が同時に襲いかかり、彼女の思考を完全に焼き切った。 視界が、真っ白に染まる。 メガネのレンズ越しに見えていたはずの、重松の顔も、事務所の景色も、すべてが光の中に消えた。 びくん、びくん、びくんっ! 全身が、硬直したかと思うと、激しく痙攣を始めた。下腹部の奥から、熱いものが、奔流のように溢れ出す。それは、もはやただの愛液ではなかった。制御を失った膀胱が、熱い尿を、彼の指と自分の内腿へと、ほとばしらせていた。 「あ……あ……あ…………」 痙攣が収まると、詩織の身体から、すべての力が抜け落ちた。糸が切れた人形のように、彼女は床に崩れ落ちる。意識は朦朧とし、口は半開きのまま、ただ、はく、はくと浅い呼吸を繰り返すだけだった。 涙と、鼻水と、そして失禁した尿の匂い。その中で、詩織はただ、呆然としていた。 重松は、濡れた自分の指を抜き取り、満足げにそれを眺めた。そして、放心状態の詩織の顔を、優しく覗き込んだ。 彼は、ポケットから取り出したハンカチで、彼女の涙で汚れたメガネのレンズを、丁寧に拭ってやる。 クリアになった視界に、ゆっくりと、彼の顔が映し出された。その顔には、先ほどまでの欲望の色はなく、ただ、慈愛に満ちた、穏やかな笑みが浮かんでいた。 「……大丈夫ですか、小鳥遊さん」 彼は、まるで、悪夢から覚めた子供をあやすかのように、優しく語りかけた。 「初めてだったんですね。……教えてくれて、ありがとう」 その声は、あまりにも優しくて、詩織は、自分が今、何をされたのかさえ、わからなくなってしまった。 ただ、メガネをかけたままの瞳に、屈辱と快感の残滓が入り混じった、複雑な光を宿して、彼を見つめ返すことしか、できなかった。 第四章:屈辱の味 世界が、白く塗り潰された。 詩織の意識は、閃光の奔流に呑み込まれ、霧散した。身体という器の輪郭が曖昧になり、ただ、熱い奔流が内側からすべてを洗い流していく感覚だけがあった。痙攣する四肢はもはや自分の意思下にはなく、まるで打楽器のように床を不規則に打ち鳴らす。喉の奥からは、空気の塊がひゅう、ひゅう、と漏れ出すばかりで、意味のある音は一切生まれなかった。 やがて、長い長い白昼夢のような時間が過ぎ、痙攣の嵐が凪いだとき、詩織の意識はゆっくりと現実へと引き戻された。最初に感じたのは、冷たさだった。フローリングの床に投げ出された尻と太腿が、ひやりと冷たい。そして、鼻をつく、ツンとしたアンモニアの匂い。自分の愛液が持つ甘い匂いとそれが混じり合い、なんとも言えない、恥辱的な空気を事務所の中に満たしていた。 何が、起きたのか。 朦朧とした頭で、詩織は理解しようとした。自分のスラックスとショーツは足首まで引きずり下ろされ、無様に絡みついている。はだけたブラウスからは、無防備な乳房が晒されたままだ。そして、自分の脚の間から床へと広がる、淡い色の染み。 失禁。 その二文字が脳裏に浮かんだ瞬間、詩織の心臓は氷水に浸されたように冷え切った。絶頂の衝撃よりも、この事実の方が、彼女の尊厳を根こそぎ破壊するには十分だった。もう、お嫁にいけない。人として、終わってしまった。そんな絶望が、虚ろな心を支配していく。 涙さえ、もう出なかった。ただ、半開きの口から浅い呼吸を繰り返しながら、天井の染みをぼんやりと見つめる。黒縁メガネのレンズは、涙と呼気で白く曇り、世界を曖昧にしていた。それでよかった。何も、見たくなかった。 「……お見事でしたよ、小鳥遊さん」 すぐそばから、穏やかな声がした。重松の声だ。彼は、まるで感動的な演奏を聴き終えたかのように、静かな口調で言った。 詩織は反応できなかった。身体を動かす気力も、言葉を発する気力も、すべてが枯渇していた。 「初めての絶頂で、失禁までしてしまうとは。それだけ、純粋で、感じやすい身体だということですね。素晴らしい才能だ」 彼は、屈辱的な行為を、賛辞の言葉で塗り替えていく。その歪んだ論理が、詩織の混乱をさらに深めた。 ふわり、と清潔な布の匂いがした。重松が、ポケットから取り出したハンカチで、詩織のメガネのレンズを優しく拭っている。内側を、そして外側を、丁寧に。 「さあ、よく見えるようにしてあげましょう。現実から、目を逸らしてはいけません」 彼の指が、メガネを元の位置にかけ直す。 途端に、世界が残酷なまでの鮮明さで、詩織の目に飛び込んできた。 床に広がる自分の失禁の跡。だらしなく開かれた自分の脚。そして、自分の前に屈みこみ、慈愛に満ちた表情でこちらを見つめる、重松の顔。 そのすべてが、あまりにもはっきりと見えてしまい、詩織は息を詰めた。 「どうです?自分がどんな顔をしているか、わかりますか?」 重松は、詩織の濡れた頬を、ハンカチで優しく拭いながら言った。 「恐怖と、羞恥と、そして、抗いがたいほどの快感の残滓。それらが全部混じり合った、最高に淫らで、美しい顔をしていますよ」 彼は、詩織が汚した床に目をやった。 「おっと、これは、片付けないといけませんね。このままでは、あなたが風邪を引いてしまう」 彼はそう言うと、立ち上がり、事務所の隅にあった雑巾とバケツを持ってきた。そして、再び詩織の前に屈むと、まるで何でもないことのように、彼女の尿を雑巾で拭き取り始めた。 その光景は、詩織にとって、新たな拷問だった。自分の排泄物を、これから雇い主になるかもしれない男に処理させている。その事実が、彼女の心を錐で抉るように痛めつけた。 「や……やめて、ください……」 ようやく、か細い声が漏れた。 「私が、やりますから……」 「いいんですよ」 重松は、顔も上げずに答えた。「これは、僕の責任でもある。あなたを、ここまで追い詰めてしまったのは、僕なのですから」 その言葉は、どこまでも優しかった。しかし、その優しさこそが、最も残酷な刃だった。彼は、この行為によって、二人の間に「共犯」という名の、決して断ち切れない楔を打ち込もうとしていた。 床を拭き終えた重松は、次に、汚れた詩織の身体に目を向けた。 「さあ、あなたも綺麗にしないと」 彼は、まだ湿り気を帯びた雑巾ではなく、先ほど使った清潔なハンカチを手に取った。そして、詩織の内腿に残った尿の雫を、一つ一つ、丁寧に拭っていく。 「ひ……っ!」 冷たい布が、過敏になった肌に触れるたび、詩織の身体が小さく震える。その震えは、もはや恐怖から来るものなのか、それとも快感の記憶が呼び覚まされたものなのか、彼女自身にもわからなかった。 重松の指は、ゆっくりと、脚の付け根へ、そして、問題の核心へと近づいていく。 「ここも、随分と汚れてしまいましたね」 彼は、愛液と尿で濡れそぼった陰毛を、ハンカチで優しく拭った。そして、その指先が、まだ熱っぽく疼いているクリトリスに、布越しに、そっと触れた。 「んぅ……っ!あ、ぅ……」 詩織の腰が、意思に反して浮き上がった。一度、極致を知ってしまった身体は、ほんの些細な刺激にも、正直に反応してしまう。 「ほら、まだ感じますね。本当に、素直な身体だ」 重松は、満足げに呟くと、拭き終えたハンカチを傍らに置いた。そして、今度は、自分の指を、詩織の目の前に突き出した。彼の人差し指。先ほど、彼女の処女の膣をこじ開け、尿と愛液にまみれた、その指だ。 「仕上げに、これを綺麗にしてもらえますか?」 「……え?」 詩織の思考が、完全に停止した。彼が、何を言っているのか、理解できなかった。 「聞こえませんでしたか?」 重松は、少しだけ声のトーンを落とした。「この指を、舐めて、綺麗にしなさい、と言ったんですよ。これも、採用試験の一環です。僕の指示に、素直に従えるかどうか、見ています」 それは、悪魔の命令だった。 自分の排泄物と、自分の身体から出た体液で汚れた指を、舐めろ、と。 「い、いや……そんな……こと……」 詩織は、必死で首を横に振った。涙が、またレンズを曇らせる。人間としての、最後の尊厳が、それを拒絶していた。 「嫌、ですか」 重松は、静かに言った。「ですが、小鳥遊さん。あなたはもう、嫌だと言える立場にない。あなたは、僕の店で、僕の目の前で、お漏らしをしてしまったんですよ。その事実を、忘れてはいけません」 彼の言葉は、冷たい刃物のように、詩織の心を突き刺した。そうだ。自分は、もう、普通ではない。この人の前で、取り返しのつかない醜態を晒してしまったのだ。 「さあ、早く」 彼は、命令するように、指を詩織の唇に押し当てた。指先に残る、生温かい湿り気と、微かな塩気、そしてアンモニアの匂い。 詩織は、固く目を閉じた。もう、どうにでもなれ。そんな自暴自棄な思いが、彼女の心を支配した。 おずおずと、彼女は唇を開いた。そして、震える舌を、ほんの少しだけ、伸ばした。 ぺろり。 舌先に、信じられない味が広がった。自分の尿の、微かな塩辛さ。自分の愛液の、鉄のような、甘いような味。そして、それらが混じり合った、言葉にできない、屈辱の味。 「ん……っく……」 吐き気がこみ上げてくる。しかし、重松の指は、容赦なく彼女の口の中へと侵入してきた。 「そうです。もっと、奥まで。隅々まで、綺麗に」 彼の指が、舌の上を滑り、歯の裏をなぞり、上顎の敏感な粘膜をくすぐる。詩織は、嗚咽を漏らしながら、されるがままになっていた。 やがて、重松は満足したのか、ゆっくりと指を抜き取った。彼の指は、詩織の唾液でぬらぬらと光っていた。 「よくできました。とても、素直だ」 彼は、そう言って、まるでご褒美を与えるかのように、詩織の頭を優しく撫でた。 その、あまりにも場違いな優しい仕草に、詩織の中で、何かがぷつりと切れた。もう、抵抗する気力も、恥ずかしいと思う心さえも、残っていなかった。 「さて」 重松は立ち上がると、詩織を見下ろした。「採用試験は、これで、すべて合格です。小鳥遊さん、明日から、ここで働いてもらいます。よろしいですね?」 その問いに、詩織は、ただ、こくりと、小さく頷くことしかできなかった。 「返事は?」 「……は、い」 「よろしい」 重松は満足げに微笑むと、彼女の足首に絡みついたスラックスとショーツを掴み、ゆっくりと引き上げた。汚れた下着が、再び彼女の肌を覆っていく。その行為は、まるで、何もなかったかのように現実を取り繕う、欺瞞に満ちた儀式のように思えた。 「さあ、立てますか?」 彼は、詩織に手を差し伸べた。詩織は、その手を、まるで救いの手であるかのように、無意識に掴んでしまう。 重松に支えられ、ふらふらと立ち上がった詩織の身体は、まだ微かに震えていた。 彼は、乱れたブラウスを直し、ボタンを一つ一つ、丁寧に留めてやる。まるで、大切な人形の服を着せ付けてやるかのように。 すべての身だしなみが元通りになると、事務所の中は、床の染みが消えたこともあり、先ほどの惨事が嘘だったかのような静けさを取り戻していた。 ただ、詩織の身体の内側に刻み込まれた記憶と、空気中に漂う微かな匂いだけが、それが紛れもない現実であったことを、物語っていた。 そして、彼女の黒縁メガネの奥の瞳には、以前の怯えとは違う、光を失った、どこか虚ろな色が宿っていた。 彼女は、この日、アルバイトの面接に来ただけだったはずだ。 だが、気づけば、この「書斎カフェ 迷宮」という名の、甘美で残酷な迷宮から、二度と抜け出せない場所に、足を踏み入れてしまっていた。 そのことに、まだ、気づかないままで。 第五章:始まりの鐘 翌朝、小鳥遊詩織は、見慣れた自室の天井の木目を、焦点の合わない目で見つめていた。アラームが鳴る十五分も前に、身体が勝手に覚醒してしまったのだ。心臓が、まるで借り物のように、ぎこちなく、そして重たい鼓動を刻んでいる。身体の芯が、昨日の出来事を記憶していて、安らかな眠りを拒絶したかのようだった。 昨夜は、ほとんど眠れなかった。あの事務所から解放され、夜の空気に身を晒した瞬間、堰を切ったように嗚咽が込み上げた。ふらつく足でアパートに帰り着き、シャワーを浴びた。熱い湯を浴びながら、自分の身体を必死で擦った。重松に触れられた場所、彼の指の感触が残る肌を、赤くなるまで。自分の排泄物の匂いが染みついているような気がして、何度も、何度も。だが、どれだけ洗っても、あの粘つくような記憶は洗い流せなかった。 ベッドに潜り込んでも、瞼を閉じれば、あの光景が鮮明に蘇る。涙で滲むメガネ越しの、彼の愉悦に歪んだ顔。床に広がっていく自分の無様な染み。そして、彼の指を口に含んだ時の、あの屈辱的な味。そのたびに、身体がびくりと震え、下腹部の奥が、きゅん、と疼いた。恐怖と嫌悪感に苛まれているはずなのに、身体の奥底では、未知の快感の残滓が、小さな火種のように燻り続けている。その事実が、詩織を何よりも絶望させた。 行きたくない。 行けるはずがない。 あの男の顔を、もう一度見ることなど、できるはずがない。 しかし、思考の片隅で、冷徹な声が囁く。 『あなたはもう、嫌だと言える立場にない』 昨日の、彼の声だ。あの言葉は、呪いのように詩織の脳にこびりついていた。そうだ、自分は弱みを握られている。この街で、たった一人で生きている、か弱い女子大生。その個人情報を、彼はすべて知っている。そして何より、あの醜態。あの記憶は、詩織を縛り付ける、決して逃れられない鎖だった。もし行かなかったら、彼はどうするだろう。大学に連絡するだろうか。アパートまで押しかけてくるだろうか。想像するだけで、全身の血の気が引いていく。 詩織は、重い身体をゆっくりと起こした。諦め、という名の鉛が、全身にまとわりついているかのようだ。逃げられない。行くしかないのだ。あの、古書の匂いが充満する、迷宮(ラビリンス)へ。 クローゼットを開け、何を着ていくべきか考える。昨日と同じ服は、もう二度と着たくなかった。できるだけ地味で、身体のラインが出ない、ゆったりとしたワンピースを選んだ。それは、まるで鎧のように、彼女の心をかろうじて守るための選択だった。鏡に映る自分の顔は、青白く、目の下には隈がうっすらと浮かんでいる。黒縁のメガネだけが、いつものように、彼女の表情を隠してくれていた。 家を出て、店へと向かう道すがら、いつもと同じはずの街の風景が、どこか違って見えた。道行く人々の楽しげな会話も、ショーウィンドウの華やかなディスプレイも、すべてが自分とは無関係な、遠い世界の出来事のようだった。商店街のアーケードを抜ける。その奥にある、あの細い路地。そこだけが、まるで異界への入り口のように、暗く、澱んだ空気を湛えているように見えた。 店の前にたどり着く。昨日、期待と不安を胸に開けた、あの古びた木製のドア。今日は、それがまるで断頭台への扉のように思えた。詩織は、ドアノブに手をかけるのを、数秒間ためらった。心臓が、喉から飛び出してしまいそうなほど、激しく脈打っている。逃げるなら、今しかない。しかし、足は、見えない力に引かれるように、その場から動かなかった。 意を決し、震える手で、ドアを押し開ける。 からん。 昨日と同じ、乾いた鈴の音が、彼女の訪れを告げた。 店内に足を踏み入れた瞬間、あの匂いが、再び彼女を包み込んだ。芳醇なコーヒーの香りと、古い紙の匂い。そして、その奥に潜む、彼の匂い。その匂いを嗅いだ途端、昨日の記憶が、身体の感覚と共に鮮やかに蘇り、詩織の膝ががくりと震えた。 「おはようございます、小鳥遊さん。時間通りですね。感心です」 カウンターの奥から、穏やかな声がした。重松だった。彼は、昨日と寸分違わぬ、清潔な白いシャツに黒いエプロンという出で立ちで、にこやかに詩織を迎えた。その表情は、まるで昨日の出来事など何もなかったかのように、完璧なまでに「心優しき店長」のものだった。その完璧さが、詩織の恐怖を底なしに増幅させた。この男は、異常だ。 「お、おはよう、ございます……」 絞り出した声は、掠れて、ほとんど音にならなかった。 「さあ、こちらへ。まずは、エプロンを渡しますから」 彼は手招きし、カウンターの中へと詩織を導いた。客のいない、静まり返った店内で、二人の距離が縮まる。詩織は、彼の隣に立つだけで、身体が石のように硬直するのを感じた。 重松は、カウンターの下から、真新しい黒いエプロンを取り出した。 「どうぞ。これが、あなたのものです」 詩織は、おずおずとそれを受け取った。重い。布の重さ以上に、これからここで働くという現実の重みが、ずしりと腕にのしかかった。 「首に掛けて。後ろで紐を結びましょう」 言われるがままに、エプロンを首に掛ける。しかし、緊張で指先が震え、背中に回した手で、紐をうまく結ぶことができない。 「おや、不器用ですね。仕方がない」 ふ、と彼の気配が背後に回った。詩織の身体が、びくりと跳ねる。 「力を抜いて。手伝ってあげますから」 彼の温かい身体が、詩織の背中に密着した。ワンピースの薄い生地越しに、彼の体温がじわりと伝わってくる。そして、彼の両腕が、詩織の身体を包み込むようにして、前へと伸びてきた。腰のあたりで、彼の手がエプロン紐を掴む。その指先が、意図したかのように、詩織の脇腹の柔らかな肉を、掠めていった。 「ひぅ……っ」 小さな悲鳴が、喉の奥で押し殺される。昨日の記憶。腰に回された彼の腕。尻のすぐ上をなぞった、あの指の感触。すべてがフラッシュバックし、脚から力が抜けそうになる。 「動かないでください。結べないでしょう」 耳元で、彼の声が囁く。その吐息が、うなじにかかり、ぞわりと鳥肌が立った。彼は、わざとゆっくりとした手つきで、紐を結んでいく。その間、彼の胸板が、ずっと詩織の背中に押し付けられていた。 「……はい、できましたよ」 きゅ、と紐が結ばれ、彼はゆっくりと身体を離した。たった数十秒の出来事だったが、詩織にとっては永遠のように感じられた。全身から、どっと汗が噴き出す。 「よく、似合っていますよ。まるで、最初からここの従業員だったかのようだ」 彼は満足げに詩織の姿を眺め、微笑んだ。その笑顔は、もはや詩織には、獲物を完全に手中に収めた捕食者のそれにしか見えなかった。 「さて、では、仕事の基本から教えましょうか。まずは、コーヒーの淹れ方です」 重松は、カウンターの中にあるサイフォンを指差した。ガラス製の、複雑な形をした器具。理科の実験道具のようにも見える。 「うちは、ハンドドリップではなく、サイフォンを使います。見た目も美しいし、味も安定しますからね。お客様への、ささやかなおもてなしです」 彼は、手本を見せるように、手際よく準備を始めた。豆をミルで挽く。ゴリゴリという心地よい音と、立ち上る香ばしい匂い。フラスコに水を入れ、アルコールランプに火を灯す。青い炎が、静かに揺らめいた。 「さあ、あなたもやってみなさい」 彼は、詩織の前に、もう一つのサイフォン一式を置いた。 「は、はい……」 詩織は、彼の真似をしようと、おそるおそる器具に手を伸ばす。しかし、慣れない手つきはぎこちなく、ガラス器具を落としてしまいそうで、手が震えた。 「そんなに怖々と触らない。もっと、大胆に」 重松は、詩織の隣にぴたりと寄り添った。そして、彼女がミルを持つ手に、自分の大きな手を上から重ねた。 「ん……っ!」 再び、肌が直接触れ合う。彼の掌の、乾いた熱。節くれだった指が、詩織の華奢な指に絡みつく。 「こうやって、力を入れすぎず、均等に回すんです」 彼は、詩織の手を動かしながら、ミルを回し始めた。その動きに合わせて、二人の身体が、微かに揺れる。彼の肩が、詩織の肩に触れていた。彼の匂いが、コーヒーの香りよりも強く、詩織の感覚を支配していく。 「豆の感触が、指に伝わってくるでしょう?この感覚を、覚えてください」 彼の声は、指導というには、あまりにも甘く、ねっとりとしていた。詩織は、もう、豆の感触などわからなかった。ただ、彼の手の中で自分の手が弄ばれているという事実に、思考が麻痺していく。 次に、アルコールランプに火を点ける段になった。詩織がマッチを擦ろうとすると、その手も、再び重松に上から掴まれた。 「危ないですよ。火傷でもしたら大変だ」 彼は、詩織の手を包み込んだまま、ゆっくりとマッチを擦り、ランプに火を灯した。ゆらり、と炎が立ち上る。その炎が、二人の顔をぼんやりと照らし出した。間近にある彼の目は、炎の色を映して、赤黒く光っているように見えた。 「火は、美しい。ですが、扱いを間違えれば、すべてを焼き尽くす。……人間も、同じですね」 彼は、詩織にだけ聞こえるような声で、意味深に呟いた。 やがて、フラスコの水が沸騰し、ごぽごぽと音を立てて上のロートへと上がっていく。コーヒーの粉が、お湯と混じり合い、芳醇な香りが店内に満ち満ちていった。詩織は、その一連の光景を、ただ、呆然と見つめていた。それは、まるで、抗いがたい力によって何かが変化していく、錬金術の儀式のようにも思えた。 コーヒーの指導が終わると、次は本の整理だった。 「あちらの棚、少し乱れていますね。整頓をお願いします」 重松が指差したのは、店の奥にある、天井まで届く巨大な本棚だった。詩織は、脚立を持ってきて、その前に立つ。 「一番上の段から、お願いしますね」 詩織は、こくりと頷き、脚立を上り始めた。一段、また一段と上がるたびに、スカートの裾が持ち上がっていくのが気になった。下から、彼が見上げている。その視線を、背中にひしひしと感じる。 一番上の段に手を伸ばす。背伸びをすると、ワンピースの生地が身体に張り付き、胸の膨らみや、腰のくびれが、くっきりと浮かび上がった。 「ん……っ」 本に手を伸ばした瞬間、脚立がぐらりと揺れた。 「わ……っ!」 詩織が小さな悲鳴を上げる。その瞬間、背後から、がしり、と腰を掴まれた。重松だった。 「危ないじゃないですか。気をつけて」 彼の大きな手が、詩織の腰を、まるで鷲掴みにするように、がっちりと支えている。その親指が、尻の肉に、ぐい、と食い込んできた。 「あ……っ」 詩織の身体が、硬直する。昨日の記憶。事務所で、スラックスの上から腰を撫でられた感触。それが、今、より直接的な形で再現されている。 「大丈夫ですか?立てますか?」 彼は、心配するような声を出しながらも、その手は離そうとしない。むしろ、指先で、腰のラインを確かめるように、ゆっくりと撫で始めた。 「ありがとうございます……もう、大丈夫、ですから……」 詩織は、震える声で言った。しかし、彼は聞く耳を持たない。 「いえ、万が一があってはいけませんからね。私が、下でしっかりと支えています。あなたは、作業に集中してください」 それは、拒否できない、親切の仮面を被った命令だった。詩織は、腰を掴まれたまま、震える手で本の整理を続けるしかなかった。彼の指が、時折、尻の丸みを確かめるように動くたびに、詩織の身体はびくびくと反応し、下腹部の奥が、じわりと熱を持つのを感じていた。 昼過ぎになり、ぽつりぽつりと客が訪れ始めた。詩織にとって、初めての接客だった。 「い、いらっしゃいませ……」 カウンターの内側から発した声は、自分でも驚くほど小さく、弱々しかった。客の壮年の男性は、一瞬、怪訝な顔をしたが、すぐに無関心そうに店内を見渡し始めた。 「……ブレンドコーヒーを一つ」 「は、はい……」 詩織は、先ほど教わった手順を思い出しながら、必死でサイフォンの準備を始める。しかし、客に見られているという緊張と、カウンターの奥でじっと自分を観察している重松の視線とで、手元が狂った。コーヒー豆を少し、床にこぼしてしまったのだ。 「あ……っ」 慌てて屈んで拾おうとする。その一挙手一投足を、重松は見逃さなかった。 客がコーヒーを受け取り、席に着くのを見届けると、重松は静かに詩織の隣に来た。 「小鳥遊さん」 低い、咎めるような声だった。 「はい……」 「声が、小さすぎる。それに、動きが硬い。お客様に、不安を与えてどうするんですか」 「も、申し訳、ありません……」 「謝って済む問題ではありませんね。……少し、こちらへ」 彼は、詩織の腕を掴むと、店のバックヤードへとぐいと引っ張っていった。バックヤードは、事務所よりもさらに狭く、段ボールや予備の備品が山積みになった、薄暗い空間だった。 「ここで、発声練習をしましょう」 「は、発声練習……?」 「ええ。腹の底から声を出す練習です。そうしないと、いつまで経っても、お客様とまともなコミュニケーションが取れない」 彼は、詩織を壁際に立たせると、正面に立った。逃げ場のない、狭い空間。 「まず、腹式呼吸。お腹に手を当てて、息を吸って、吐いて」 詩織がおずおずと自分のお腹に手を当てると、重松は「違う、そこじゃない」と言って、彼女の手に自分の手を重ねた。 「もっと、下です。この、へそのあたりを意識して」 彼の手が、詩織の手を導き、下腹部をぐっと押した。そこは、昨日、スラックスの上から指で押され、感じてしまった場所と近かった。 「ん……っ」 詩織の呼吸が、乱れる。 「息を吸って。ほら、お腹が膨らむのを感じて」 彼は、手を当てたまま、詩織に呼吸を促す。彼の指の熱が、ワンピースの生地越しに、じかに伝わってくる。 「そして、吐く。長く、ゆっくりと。……そうです、上手だ」 彼は、褒めながらも、その手を離さない。それどころか、親指が、彼女の下腹部を、ゆっくりと、円を描くように撫で始めた。 「あ……てんちょ……」 「集中しなさい。これは、仕事の指導ですよ」 彼は、冷ややかに言い放った。その手は、徐々に上へと移動していく。横隔膜のあたり、そして、胸のすぐ下。豊かな乳房の、その底のラインを、指先が確かめるように、なぞった。 「ひゃ……っ!」 詩織は、思わず後ずさろうとしたが、背中は冷たい壁に阻まれている。 「声が出てしまいましたね。ですが、練習の時以外は、無駄な声は出さないように。お客様に聞こえたら、どうするんですか?」 彼は、まるで悪い子を躾ける教師のように、詩織の顔を覗き込んだ。その目は、完全に獲物を嬲ることを楽しんでいる、サディストの目だった。 「わかりましたね?返事は?」 「……は、い……」 恐怖と、屈辱と、そして、抗いがたい身体の反応。それらが渦巻く中で、詩織は、ただ、小さく頷くことしかできなかった。このバックヤードでの「特別指導」は、その後も、客の途切れる合間を縫って、何度も繰り返された。 閉店時間を示す、夜の十時。 最後の客を見送り、ドアに「CLOSE」の札を掛けると、店の中には、完全な静寂が訪れた。重松と、詩織。二人きりの、密室。 一日中張り詰めていた詩織の緊張は、しかし、解放されるどころか、むしろ最高潮に達していた。これから、何が起こるのか。 「お疲れ様でした、小鳥遊さん。初めてにしては、まあ、及第点といったところでしょうか」 重松は、カウンターの椅子に腰掛け、足を組みながら言った。その口調は、労うというよりは、値踏みするような響きがあった。 「ですが、反省すべき点も、多々ありましたね。……事務所で、少し、今日の振り返りをしましょうか」 来た。 詩織の心臓が、どくん、と大きく跳ねた。あの、事務所。すべての悪夢が始まった、あの場所へ。 断る、という選択肢は、もはや彼女の頭の中には存在しなかった。ただ、無言で、彼の後に続く。 事務所のドアが開き、昨日と同じ、インクと古紙と、彼の匂いが濃密に満ちた空間に、再び足を踏み入れた。 重松は、自分のデスクに腰を下ろし、詩織に、向かいの椅子に座るよう促した。昨日と、全く同じ構図。 「さて」 彼は、組んだ指を机の上に置き、詩織をじっと見つめた。 「今日の業務で、一番問題だったのは、やはり、あなたの精神的な部分です。あなたは、まだ、僕のことを怖がっている」 彼の言葉は、静かだが、有無を言わせぬ力を持っていた。 「それでは、良いサービスなど提供できません。僕たちは、従業員と店長である前に、信頼し合うパートナーでなければならない。そうは、思いませんか?」 歪んだ論理。しかし、詩織には反論できない。 「信頼関係を築くためには、まず、お互いのことを、もっと深く知る必要があります。隠し事は、なしにしましょう」 彼は、そこで言葉を切り、にやり、と笑った。その笑みは、詩織の心の奥底を凍りつかせた。 「例えば……昨日のこと。あなたは、僕の前で、お漏らしをしてしまった。あれは、とても、印象的な出来事でした」 彼は、わざと、ゆっくりと、その言葉を口にした。詩織の顔から、さっと血の気が引いていく。一番触れられたくない、心の傷。それを、彼は、何の躊躇もなく抉ってくる。 「あの時の、あなたの顔……涙と快感でぐしゃぐしゃになった、あの表情。僕は、忘れられませんよ」 「や……やめて……」 「やめませんよ。これは、信頼関係を築くための、大事な対話です」 彼は、椅子から立ち上がると、詩織の隣に回り込んだ。そして、彼女の耳元に、唇を寄せる。 「教えてください、小鳥遊さん。今日も、下着は汚さずにいられましたか?僕が、触るたびに、びくびくと震えていましたね。あの時、また、濡らしてしまったんじゃないですか?」 その囁きは、毒のように、詩織の耳から脳へと染み込んでいく。羞恥で、気が狂いそうだった。 「……そんなこと、ありません」 震える声で、必死に否定する。 「ほう。本当ですか?」 重松は、面白そうに呟いた。「では、それを、この目で確認させてもらっても、よろしいですね?これも、信頼の証です。あなたが、僕に嘘をついていないという、ね」 彼はそう言うと、詩織の抵抗を待たずに、彼女が着ているワンピースの裾に、手をかけた。 「いや……っ!」 詩織は、咄嗟にその手を掴もうとした。しかし、その手は、軽々と掴み返され、背もたれに強く押し付けられる。 「駄目じゃないですか。確認するだけ、と言っているでしょう?」 優しい声で、しかし、有無を言わせぬ力で、彼はワンピースの裾を、ゆっくりと、ゆっくりと、捲り上げていく。 白い太腿が、露わになっていく。そして、その間にある、純白のショーツ。 幸い、そこに、染みはなかった。 「ふむ。確かに、汚してはいませんね。偉い、偉い」 彼は、まるで子供を褒めるように言い、捲り上げた裾を、ぱっと離した。 詩織は、ほっと安堵の息を漏らした。だが、その安堵は、一瞬で打ち砕かれる。 「ですが」 重松は、再び彼女の前に屈みこんだ。「汚れていないからといって、何も感じていなかったわけではないでしょう?」 彼の指が、ショーツの上から、その中心の、最も敏感な場所に、そっと触れた。 「んん……っ!」 詩織の身体が、再び、大きく跳ねた。布地は、乾いていた。しかし、その内側で、彼女の身体が、熱く、じっとりと濡れていることを、彼の指は正確に感じ取っていた。 「ほら、やはり。こんなに、熱くなっている。僕に嘘をついたんですね、小鳥遊さん」 彼は、指先で、濡れた布地の上から、硬くなったクリトリスを、ねち、ねち、と執拗に擦り始めた。 「あ、あ、ぁ……っ!てんちょ、やめ……そこは……!」 「嘘をついた、悪い子には、お仕置きが必要ですね」 彼は、そう囁くと、指の動きをさらに速めた。布が、肌と擦れ、愛液を吸い、じゅぶじゅぶと、微かな水音を立て始める。 「い、いやぁ……!また、出ちゃう……!おねが、い……!」 詩織は、失禁の恐怖と、抗いがたい快感の波に、必死で耐えた。涙が、また、メガネのレンズを濡らしていく。 しかし、重松は、彼女が絶頂に達する寸前で、ぴたり、と指を止めた。 「……今日は、ここまでにしておきましょう」 彼は、名残惜しそうに指を離すと、立ち上がった。 「明日も、仕事ですからね。体力を残しておかないと」 彼は、何事もなかったかのように、にこりと微笑んだ。詩織は、与えられなかった快感の行き場を失い、ただ、ぜえぜえと肩で息をするばかりだった。 「さあ、帰りなさい。明日も、遅刻しないように」 彼は、詩織のトートバッグを手に取り、彼女に手渡した。 詩織は、夢遊病者のように、ふらふらと立ち上がり、事務所を出た。 「おやすみなさい、小鳥遊さん」 背後から、彼の優しい声が追いかけてくる。 詩織は、振り返ることもできず、店のドアを開け、夜の闇へと逃げ出した。 身体は、解放された。しかし、心は、あの事務所に、彼の指先に、置き去りにされたままだ。 明日も、ここに来なければならない。 そして、この、屈辱と快楽の「指導」は、これからも、ずっと続いていくのだ。 詩織は、その事実を、絶望と共に、しかし、身体のどこか奥深くで、微かな期待を抱きながら、完全に理解していた。 迷宮の出口は、もう、どこにもなかった。 第六章:背徳の書庫 二度目の朝は静寂の中に訪れた。 詩織は虚ろな目で覚醒しその身体に昨夜の熱の残滓が燻っているのを感じていた。重松に与えられなかった絶頂。その生殺しの感覚は毒のように彼女の全身を巡り眠りを浅くし意識の底に奇妙な渇望を植え付けた。恐怖は確かに存在する。だがその恐怖の地層の下から抗いがたい期待という名のマグマが突き上げてくるのを彼女はもう無視できなかった。 店への道程は昨日とは違う意味を帯びていた。それは処刑場へ向かう足取りでありながら同時に渇きを癒す泉へ向かう巡礼者のそれに似ていた。黒縁メガネの奥で彼女の瞳は不安と微かな熱に揺らめいている。ドアを開け鈴の音が鳴る。昨日と同じ光景。昨日と同じ匂い。そしてカウンターの奥に立つ昨日と同じ男。 「おはよう小鳥遊さん。よく眠れましたか」 重松の問いかけは穏やかでその声には昨夜の出来事を揶揄する響きが微かに含まれていた。 「……おはようございます」 詩織の声はかろうじて形を成した。彼の前に立つだけで身体の内側が勝手に疼き始める。その反応が恥ずかしくてたまらなかった。 その日の午前中は嵐の前の静けさそのものだった。重松は淡々と業務を教え詩織はそれを無言でこなした。客の姿はまばらで店にはサイフォンが湯を沸かす音と古書の頁がめくられる乾いた音だけが響く。だがその静寂の中二人の間には濃密な緊張の糸が張り巡らされていた。重松の指先が偶然を装い詩織の手に触れるたび彼女の身体は小さく跳ねる。その反応を彼は見逃さずその度に満足げな笑みを唇の端に浮かべた。 昼下がり事件は起きた。 詩織がコーヒーのストックを確認するためバックヤードへ向かおうとした時だった。 「ああ小鳥遊さん。ちょうどよかった」 重松が呼び止める。 「バックヤードの奥、一番上の棚にある古書の在庫を確認してきてもらえますか。少し急ぎの注文でね」 その命令は業務としてあまりに自然だった。だが詩織にはわかった。これが合図なのだと。バックヤード。昨日と同じ狭く薄暗いあの空間。 「……はい」 頷く彼女の声は震えていた。それは恐怖からかそれとも別の感情からか。 バックヤードのドアを開けると埃と古い紙の匂いがむわりと詩織を包んだ。段ボールが壁際に高く積まれ人が一人やっと通れるほどの通路しかない。その奥に目的の棚があった。詩織は脚立を引きずりその前に設置する。 「手伝いましょうか」 いつの間にか背後に立っていた重松が言った。彼の声はすぐ耳元で響き詩織の身体は硬直した。 「いえ……大丈夫です」 「そう言わずに。高い所は危ない」 彼は有無を言わさず脚立に上る詩織の腰を背後から支えた。昨日と同じだ。だが今日の手つきは昨日よりもずっと大胆で確信に満ちていた。彼の掌がワンピースの上から彼女の尻の丸みを確かめるようにしっかりと掴む。指がその肉に食い込む。 「ん……っ」 詩織は息を呑んだ。抵抗できない。いや抵抗したくない自分がいることに気づいてしまう。 一番上の棚に手を伸ばす。背伸びをした拍子に重松の身体にぐっと体重がかかった。彼の硬い身体が彼女の柔らかい尻を押しつぶすように受け止める。 「ああ……いい身体だ」 彼の吐息がうなじにかかる。そしてその手は腰を支えるという名目を完全に放棄しゆっくりとワンピースの裾の内側へと侵入してきた。 「ひ……っ!」 冷たい彼の指が素肌の太腿を直接撫で上げる。ぞわりと全身の肌が粟立った。指はゆっくりと内腿の敏感な皮膚を辿りそしてその終着点である湿った場所にたどり着いた。薄いショーツの布地の上から彼の指が恥丘をなぞる。そこは昨夜の記憶で既にじっとりと濡れていた。 「やはり嘘はつけませんね。こんなにもう僕を求めている」 彼の指が濡れた布の上から硬く尖ったクリトリスをぐりぐりと抉る。 「あ……ん、ぅう……っ」 詩織の腰が勝手に揺れた。脚立の上で身体の置き場がなくなりただ彼の腕の中で喘ぐしかない。 「店に客がいる。声は抑えなさい」 その命令が彼女の理性を辛うじて繋ぎ止める。詩織は必死で歯を食いしばり漏れそうになる喘ぎを喉の奥で押し殺した。だがその抑制が逆に快感を増幅させた。 彼は詩織を脚立から降ろすとその身体を反転させ壁に押し付けた。そして彼女の顔を覗き込み命令する。 「脱ぎなさい。自分で」 その言葉は絶対だった。詩織は震える指でワンピースの背中のファスナーに手をかけた。自らの手で服を脱ぐという行為。それは抵抗の完全な放棄を意味し彼女を倒錯的な興奮へと誘った。ワンピースが床に落ちブラジャーとショーツだけの姿になる。 「それもだ」 彼の視線が下着を射抜く。詩織はもはや操り人形だった。ブラジャーのホックを外しショーツを足首まで下ろす。完全に裸になった彼女の身体が薄暗いバックヤードに晒された。豊かな乳房は期待に硬く尖り脚の間からは愛液がとろりと滴り落ちていた。 重松は満足げにその光景を眺めると自身のズボンのベルトを外した。金属のバックルが外れる冷たい音。ファスナーが下ろされる無機質な音。そして彼のズボンの中から解放されたのは詩織が今まで見たこともない巨大な熱の塊だった。どす黒く怒張し先端からは透明な液体を滲ませている彼の陰茎。それは生命の獰猛さそのものを体現しているかのようだった。 「怖いか?」 彼は詩織の恐怖を見透かして言った。詩織はこくこくと頷くことしかできない。 「だがお前の身体はこれを欲しがっている」 彼はそう言うと詩織の顎を掴み無理やりキスをした。彼の舌が口内に侵入し歯列をなぞり舌を絡め取る。その深い口づけに思考が奪われている間に彼の硬い陰茎が彼女の濡れた太腿の間で存在を主張していた。 彼は詩織の片脚を持ち上げさせその熱い先端を湿った割れ目に押し当てた。 「んん……っ!」 未知の硬さと熱が粘膜に触れる。まだ入り口に触れただけなのに身体の芯が痺れるような快感に震えた。 「力を抜きなさい。壊れたりはしない」 彼は囁くと腰にぐっと力を込めた。 「あ……ぎ……ッ!」 鈍い痛み。何かが引き裂かれるような鋭い感覚。処女膜が彼の巨大な亀頭によって突き破られたのだ。詩織の目から涙が溢れた。だが痛みは一瞬だった。それを飲み込むようにして膣の奥から突き上げてくるのは経験したことのないほどの強烈な快感の波だった。 「は、ぁ……っ、は……っ、い、たい……けど……」 彼の陰茎はまだ半分しか入っていない。それでも詩織の狭い膣内は異物によって隙間なく満たされちぎれんばかりに張り詰めていた。 「まだ奥があるぞ」 彼は愉悦に声を震わせると残りのすべてを一度に奥まで突き入れた。 「んぎゅぅううううううっ!」 声にならない絶叫が詩織の喉を焼いた。最奥。今まで誰にも何にも触れられたことのない聖域。そこに彼の硬い先端がごつり、と突き当たった。子宮口だ。そこを直接刺激される感覚はもはや快感という言葉では表現できない根源的な衝撃だった。身体のすべてがその一点に収斂していく。 重松はすぐに動き始めなかった。詩織の身体が彼のものに慣れるのを待つかのように深く結合したままじっとしていた。彼のものが中で脈打っているのがわかる。その熱がじわりじわりと詩織の身体の芯を溶かしていく。 「どうだ。僕のものでいっぱいになる気分は」 彼は囁きゆっくりと腰を動かし始めた。 ずぷり、ずぷり、と生々しい水音がバックヤードに響く。陰茎が引き抜かれるたびに名残惜しいような空虚感が生まれ再び突き入れられるたびに内壁の全方位が擦られ絶頂的な快感がもたらされる。 「あ……っ、あ、んっ……!ふ、ぅ……っ、もっと……!」 詩織はもはや自分が何を言っているのかわからなかった。ただ本能がもっと深い結合を求めていた。 彼の動きが次第に速くそして激しくなっていく。段ボールの山ががさごそと音を立てて揺れた。壁に押し付けられた詩織の尻と彼の腰骨がぶつかり乾いた音を立てる。 「ああ……っ!い、く……!いっちゃ、う……!」 子宮口を何度も何度も執拗に抉られ詩織の意識が白く染まり始めた。身体が弓なりにしなりびくんびくんと激しく痙攣する。膣がきゅうっと収縮し熱い潮を噴き上げた。 「ああ……いいぞ、詩織……!」 彼女の絶頂が引き金になったかのように重松の腰の動きが一段と激しくなる。彼は低い唸り声を上げると詩織の身体を強く抱きしめた。 「出す……!お前の、一番奥に……!」 その言葉と同時に彼の陰茎が最後のひと突きを加えその先端から熱い奔流がほとばしった。 ごぷ、ごぷ、と。 最奥に、熱い塊が叩きつけられる感覚。 それは痛みでも快感でもなかった。もっと根源的な何か。生命そのものの熱。自分の空っぽだった器が彼の熱いそれで満たされていく充足感。詩織は痙攣する身体の中でその未知の熱を確かに感じていた。自分の内側が彼のものに染め上げられ塗り替えられていくような絶対的な感覚。 それは紛れもない支配の証だった。 行為が終わり重松がゆっくりと身体を引き抜くと二人の間を繋いでいた精液と愛液と処女の血が混じり合った液体が糸を引き詩織の内腿を伝った。彼女は力が抜けたようにその場にずるずると崩れ落ちる。 重松はズボンを上げながらその無様な姿を満足げに見下ろした。 「……どうやら無事に在庫は確認できたようだな」 彼は何事もなかったかのように言い放つ。そして床に落ちていた詩織のショーツを拾い上げるとその汚れたクロッチの部分を彼女の顔に押し付けた。 「自分で綺麗にしておきなさい。次の指導までにね」 その声はどこまでも冷徹でそして甘美だった。 詩織は放心したままそれを受け取った。涙で濡れたメガネの奥の瞳はもう何も映してはいなかった。ただ身体の最奥に残る彼の熱だけを繰り返し反芻しながら。 この日彼女は処女を失った。そして同時に新しい自分としてこの迷宮の中で生まれ変わったのだ。もはや逃げるという選択肢は思考の欠片にすら残っていなかった。 第七章:静寂の交合 三日目の朝詩織の身体は奇妙な静けさに包まれていた。昨日のバックヤードでの出来事は夢ではなかった。下腹部の奥に残る鈍い痛みと最奥に注がれた熱の記憶がその証拠だ。だが不思議と心は凪いでいた。恐怖も羞恥も絶望もすべてが一度極致を経験したことでどこか遠い場所へと追いやられてしまったかのようだ。残ったのは空虚感そしてその空虚を埋めてほしいという漠然とした渇望だけだった。 店に入ると重松はいつものようにカウンターの奥で彼女を待っていた。彼の視線が詩織の身体をゆっくりと舐める。それはもはや獲物を値踏みする目ではなく自分の所有物を確認する目だった。詩織はその視線を受け止め無言で頷きエプロンを締める。二人の間に言葉は必要なかった。身体が記憶している。魂が理解している。彼らの関係は昨日とは全く違う次元へと移行していた。 その日は午後から雨が降り出した。灰色の雨が店の窓ガラスを静かに叩き店内には一層深い静寂が満ちていく。客は三人。それぞれが離れた席で黙々と本の世界に没頭していた。聞こえるのは雨音と時折響く食器の音そして微かなページの音だけ。それはまるで世界から切り離された聖域のようだった。 詩織がカウンターでカップを拭いていると重松が静かに隣に立った。 「小鳥遊さん」 彼の声は囁くように低い。 「はい」 「少し疲れませんでしたか。休憩がてらあちらのソファで本でも読んでいなさい」 彼が指差したのは店の最も奥まった隅にある一人掛けのアンティークソファだった。高い背もたれと深い肘掛けがまるで外界から身を隠すための繭のように見える。その場所は他の客席からは死角になっていた。 「ですが仕事が」 「構いませんよ。これも仕事のうちです。どんな本がお客様の心に響くかあなたが実際に体験してみるのも良い勉強になる」 その口調は穏やかだが拒否を許さない響きがあった。詩織は黙って頷きカウンターを出た。 ソファに深く腰を下ろすと身体が柔らかなクッションに沈み込む。詩織は言われた通り近くの本棚から一冊の詩集を手に取った。だが文字は全く頭に入ってこない。心臓が早鐘を打っている。これから何が起こるのか予感があったからだ。 やがて重松がコーヒーカップを二つ持ってやってきた。一つを詩織の前のテーブルに置きもう一つを手に持ったまま彼女の隣に立った。そしてソファの肘掛けに腰を下ろす。その動きはあまりに自然で他の客が気付く様子はなかった。 「どうです。この席は落ち着くでしょう」 「……はい」 「僕のお気に入りの場所なんです。ここから店全体が見渡せる。誰にも邪魔されずにね」 彼はそう言うと詩織の肩にそっと手を置いた。その指がワンピースの襟元から滑り込み鎖骨の窪みをなぞる。 「ん……っ」 詩織は息を呑んだ。客がいる。見られているかもしれない。そのスリルが身体の芯をぞくぞくと震わせた。 「静かに。声を出してはいけませんよ」 彼の指はさらに大胆になり胸の谷間へと滑り落ちていく。ブラジャーの上から豊かな乳房の輪郭を確かめるように撫でた。詩織は必死で平静を装い手に持った詩集に視線を落とす。だがその身体は正直だった。乳首が硬く尖り彼の指の動きに応えるように疼いている。 「少し失礼」 彼はそう囁くと詩織の身体を自分の方へと引き寄せた。そして彼女の背後ソファの背もたれとのわずかな隙間に自分の手を滑り込ませる。ワンピースの背中のファスナーを探り当てると彼はそれをゆっくりと引き下げていった。じじじ、という微かな音が静寂の中でやけに大きく聞こえる。 ブラジャーのホックが外される。解放された乳房が重力に身を任せた。彼は満足げに息をつくとその手を前に回しワンピースの布の上から直接彼女の乳房を揉みしだき始めた。 「あ……ぅ……」 詩織は唇を噛み締め喘ぎを殺す。客席の方を窺うと三人の客は変わらず読書に集中している。誰もこちらには気づいていない。その事実が背徳感をさらに煽った。 「もっと気持ちよくなりたいでしょう」 重松は詩織の耳元で悪魔のように囁いた。そして彼は驚くべき行動に出る。彼はソファの前に屈み込むと詩織の脚の間に自分の身体を滑り込ませたのだ。そして彼女のワンピースの裾をゆっくりと捲り上げていく。 詩織の目の前で彼の頭が自分の膝の間へと沈んでいく。彼の顔がショーツを履いただけの自分の股間に埋められた。 「んん……っ!」 熱い吐息が布越しに陰部を蒸らす。その生々しい感覚に詩織は身をよじった。 「動かないで。バレてしまいますよ」 彼はそう言うとショーツの上から舌を這わせた。ざらついた舌が濡れた布地の上を動き回り硬くなったクリトリスを刺激する。 「あ……あぁ……っ!」 詩織は手に持っていた詩集を顔の前にかざし必死で表情を隠した。だが震える身体は隠しようがない。ソファが微かにきしむ。 彼はショーツのゴムを歯で咥えるとそれをゆっくりと横にずらした。そしてついに彼の熱い舌がむき出しの粘膜に直接触れた。 「ひぅううううっ!」 声にならない悲鳴が喉の奥で炸裂する。舌が割れ目をなぞり襞をこじ開けクリトリスを吸い上げる。じゅるじゅるという淫らな水音が雨音に混じって響いた。詩織の意識が遠のいていく。客がいる衆人環視の中だというのに身体は快感に抗えない。腰が勝手に動き彼の舌を求める。 「詩織さん」 彼が顔を上げた。その唇は彼女の愛液で艶かしく光っている。 「僕も欲しい。今ここで」 彼の目は欲望の炎でぎらついていた。彼は立ち上がると自身のズボンのファスナーを下ろし硬く熱くなったものを解放した。そして再び詩織の前に屈むと彼女のショーツを完全に引きずり下ろしその熱い先端を濡れそぼった入り口に押し当てた。 「入れたいか」 彼は命令ではなく問いかけた。その問いは詩織の意志を確認するものではなく彼女を共犯者にするための儀式だった。 詩織は涙で濡れた瞳で彼を見つめ小さくしかしはっきりと頷いた。 その返事を受け取ると彼はゆっくりと腰を進めた。昨日よりもずっとスムーズに彼のものが彼女の中へと滑り込んでいく。 ずぷり。 深い水音と共に二人の身体が静かに繋がった。最奥に彼の先端が突き当たる。あの熱い感覚が蘇り詩織の身体は歓喜に打ち震えた。 彼はすぐに動き出さなかった。深く結合したまま詩織の様子を窺う。詩織は詩集で顔を隠し必死で呼吸を整えていた。 「いい顔だ。もっと見せてごらん」 彼は詩集を彼女の手から取り上げるとその涙と欲望に濡れた顔を露わにした。そして深いキスを交わす。そのキスが合図だった。 彼はソファに片膝をついたままゆっくりと腰を動かし始めた。音を立てないように慎重に。だがその動きは深く確実だった。 一突きごとに子宮口がぐり、と抉られる。そのたびに詩織の身体はびくんと跳ねるが声は唇を噛むことで必死に殺した。 「ん……っ、んん……っ、ふ……ぅ……」 漏れるのは甘い鼻息と途切れ途切れの吐息だけ。それがかえって彼の興奮を煽った。 ソファのクッションが二人の動きを吸収しほとんど音は立たない。雨音と静かなクラシック音楽が彼らの背徳的な行為を完璧に覆い隠していた。 詩織は客席の方を見た。一人の客がふと顔を上げこちらに視線を向けた気がした。心臓が凍りつく。だが客はすぐに本に視線を戻した。気のせいだったのかもしれない。だがその一瞬のスリルが詩織の快感を極限まで高めた。 「詩織……もう我慢できない」 重松の呼吸が荒くなる。彼の腰の動きがわずかに速くなった。 「だめ……声が……」 「大丈夫だ。僕を信じろ」 彼は詩織の口を自身の掌で強く塞いだ。そして最後の追い込みをかけるように激しく腰を突き上げる。 「んぐ……!んんんーーーっ!」 塞がれた口の中で詩織の絶叫がこだまする。最奥を何度も何度も強かに打たれ彼女の意識は完全に白く染まった。膣が激しく痙攣し熱い潮を噴き上げる。 その収縮が彼のものを強く締め付けた。 「ああ……っ!」 重松もまた低い唸り声を上げると詩織の最奥に自身のすべてを注ぎ込んだ。熱い精液が子宮口に叩きつけられ彼女の身体の芯を灼く。 二人は結合したまましばらく動けなかった。互いの荒い呼吸と心臓の鼓動だけが静寂の中に響く。 やがて重松がゆっくりと身体を離した。彼のものが引き抜かれるととろりとした液体が詩織の内腿を伝う。 彼は何事もなかったかのようにズボンを直し詩織のショーツとワンピースを元の位置に戻してやった。そして自分のハンカチで彼女の腿の汚れを丁寧に拭き取る。 「よくできました。一声も出さなかったな」 彼はご褒美を与えるように詩織の頭を撫でた。 詩織はソファにぐったりと身を預けたまま放心していた。メガネの奥の瞳は焦点が合わずただ空間の一点を見つめている。 客席では相変わらず三人の客が静かに本を読んでいた。雨は降り続いている。 何も変わらない日常の風景。その中で自分だけがとんでもない背徳の淵に沈んでしまった。 だがその感覚は不思議と心地よかった。 この静かな店の中で誰にも知られず店長と身体を繋げる秘密の交合。 それは詩織にとってこの退屈な世界で初めて見つけた自分だけの禁断の果実だった。 その味を覚えてしまった彼女はもう後戻りなどできるはずもなかった。 第八章:甘美なる隷属 一週間という時間は、詩織の中で価値観のすべてを転覆させるのに十分だった。最初の数日間を支配していた恐怖と羞恥は、繰り返される背徳的な交合の中で、徐々にその輪郭を失っていった。代わりに芽生えたのは、奇妙なまでの安心感と、この歪んだ日常への順応だった。重松に身体を支配されること。彼の命令に従うこと。それが、この「書斎カフェ 迷宮」における自分の存在意義なのだと、彼女は受け入れ始めていた。 その日の午後も、店は穏やかな時間が流れていた。窓の外では蝉時雨が降り注ぎ、店内に差し込む陽光を和らげている。客は二人。一人は老紳士で、もう一人は若い女性。二人とも、それぞれの世界に没入し、カウンターの奥で繰り広げられる静かな出来事には気づく様子もない。 「小鳥遊さん」 重松が、低い声で詩織を呼んだ。彼は、カウンターの隅にある業務用冷蔵庫の前に立っていた。 「新しいコーヒー豆のサンプルが届いたんだ。少し、味見を手伝ってくれないか」 その言葉が、何を意味するのか。詩織には即座に理解できた。冷蔵庫のある一角は、カウンターの中でも特に客席から死角になる場所だ。 「……はい」 彼女は、拭いていたグラスを置くと、彼の元へと静かに歩み寄った。心臓が、期待に満ちた予感を告げるように、とくん、と跳ねる。もう、そこに以前のような怯えはなかった。 詩織が隣に立つと、重松は冷蔵庫の扉を開けるふりをしながら、その身体で巧みに彼女を壁と自分の間に追い込んだ。そして、彼女の耳元に唇を寄せる。 「もう、すっかり慣れたものだな。僕が呼べば、何が始まるか、わかっている顔だ」 その囁きに、詩織の頬が微かに赤らんだ。それは羞恥ではなく、彼の言葉に内包された、自分たちが共有する秘密の甘美さに対する反応だった。 「どうです。この一週間、働いてみて。少しは、この仕事にも慣れましたか?」 彼は、ごく普通の世間話をするような口調で問いかけながら、その手は詩織のエプロンの下、ワンピースの生地の上から、彼女の腰をゆっくりと撫でていた。 「……はい。少しだけ」 詩織は、か細い声で答えた。彼の指が、腰のくびれから、ゆっくりと尻の膨らみへと移動していく。その感触に、身体の奥が疼き始める。 「それは良かった。接客はどうです?まだ、人と話すのは苦手かな」 「……前よりは、少しだけ……大丈夫に、なりました」 「そうか。それは、僕の指導の賜物かな」 彼はくすりと笑い、その指先に力を込めて、尻の柔らかな肉をぐっと掴んだ。 「ん……っ」 詩織は、小さく息を呑む。客席の方を窺うと、二人の客は全くこちらに気づいていない。その安全な状況が、逆に彼女の背徳感を刺激した。 「君は、本当に素直で、飲み込みが早い。仕事も、そして……こういうこともね」 彼のもう片方の手が、正面から伸びてきた。ワンピースの胸元、ボタンとボタンの隙間から、長い指がするりと侵入してくる。 「ひぅ……」 指先が、ブラジャーのカップを押し分け、直接、柔らかな素肌に触れた。そして、硬く尖った乳首を探り当てると、それを執拗にこねるように刺激し始めた。 「あ……ぅ、ん……」 詩織は、カウンターに手をつき、かろうじて身体を支える。下腹部が熱を持ち、脚の間から、じわりと蜜が溢れ出すのがわかった。 「随分と感じやすくなった。僕が触れば、すぐにこうして濡れてしまう。可愛いですね」 彼は、乳首を弄ぶのをやめると、その手をゆっくりと下へと滑らせていった。下腹部を撫で、そして、ワンピースの裾から、内側へと侵入する。 「今日も、ちゃんと綺麗にしていますね。偉い子だ」 彼の指が、ショーツの薄い布地を押し分け、濡れそぼった割れ目に直接触れた。粘度の高い愛液が、彼の指に絡みつく。指が、クリトリスを優しく、しかし確実に捉え、くるくると撫で回した。 「ん、んん……っ!ふ、ぅ……」 詩織は、必死で声を殺す。カウンターの縁を掴む指に、力がこもった。客に聞こえてはいけない。その緊張感が、快感を何倍にも増幅させる。 「さて、と」 重松は、悪戯っぽく囁いた。「そろそろ、本格的な指導の時間にしましょうか。君が、どれだけ成長したか、見せてごらん」 彼は、詩織の腕を引くと、バックヤードへと続くドアの方へ、静かに導いた。詩織は、まるで催眠術にでもかかったかのように、無抵抗で彼に従う。 バックヤードの薄暗がりの中、二人は向かい合った。重松は、何も言わなかった。ただ、目で、詩織に命令する。 詩織は、その視線の意味を正確に理解していた。彼女は、震える手で、しかし、迷いのない動きで、自らエプロンを外し、ワンピースのファスナーを下ろしていく。服が、一枚、また一枚と、床に落ちていく。それは、もはや屈辱的な行為ではなかった。彼にすべてを捧げるための、神聖な儀式のようにさえ感じられた。 ブラジャーを外し、ショーツを下ろした時、彼女の身体は、すでに熟れた果実のように、欲望の蜜で濡れそぼっていた。 重松は、その完璧な隷属の姿に満足げな笑みを浮かべると、自身のズボンを寛げ、漲りきった熱い楔を解放した。それは、詩織にとって、もはや恐怖の対象ではなく、待ち望んだ、唯一無二の存在だった。 彼は、詩織を壁際に立たせると、その片脚を持ち上げさせた。詩織は、慣れた動きで、自ら脚を彼の腰に絡ませる。 「いい子だ。すっかり、自分の役割がわかっている」 彼は、その熱い先端を、濡れた入り口に押し当てた。そして、ゆっくりと、しかし、確実な動きで、そのすべてを彼女の奥深くまで沈めていく。 「んんぅう……っ!」 深く、熱いもので満たされる感覚。一週間前には痛みさえ感じたその行為が、今では、身体の芯を蕩かすような、至上の快感に変わっていた。最奥に、彼の硬い先端がごつりと突き当たる。その度に、詩織の身体は、歓喜に打ち震えた。 「どうです、小鳥遊さん。僕のもので、いっぱいになるのは」 彼は、深く結合したまま、詩織の耳元で囁いた。「もう、痛くはないでしょう?」 「は、い……気持ち、いい……です……」 詩織は、途切れ途切れに、素直な感想を口にした。その言葉が、重松の支配欲をさらに満たした。 彼は、ゆっくりと腰を動かし始めた。ずぷり、ぐちゅり、と、粘着質な水音が、狭いバックヤードに響き渡る。 「この一週間で、君は本当に変わった。最初の頃の、あの怯えた子鹿のような目はどこへ行ったのかな」 彼は、雑談をするように、言葉を続けた。その言葉とは裏腹に、彼の腰の動きは、徐々に力を増していく。 「あ……んっ!そ、れは……店長が……」 「僕が、どうしたって?」 彼は、子宮口をぐり、と抉るように、腰を捻った。 「ひゃぅ……っ!てんちょ、が……わ、たしを……変えたん、です……っ」 「そうか。僕が、君を変えたのか」 彼は、満足げに息をついた。「それは、光栄だな。君という、真っ白なキャンバスに、僕だけの色を塗ることができたのだから」 彼の言葉の一つ一つが、詩織の脳を痺れさせる。自分は、彼によって作り変えられた。その事実が、抗いがたいほどの快感となって、彼女の全身を駆け巡った。 「仕事の話に戻ろうか。最近、常連の川田さん……あの、いつも窓際の席に座る老紳士だ。彼が、君のことを褒めていたぞ」 「え……?」 「物静かだが、丁寧で、好感が持てるとね。君の、その内気なところが、かえってこの店の雰囲気に合っているのかもしれないな」 彼は、詩織の髪を優しく撫でながら言った。その腰は、容赦なく、彼女の最奥を突き続けている。仕事の評価と、性的な陵辱。そのあまりにもかけ離れた二つの事柄が、同時に進行していく。その倒錯的な状況が、詩織の感覚を狂わせていった。 「あ、んっ……!は、ぁ……っ!そ、うなん、ですか……」 「ああ。だから、もっと自信を持ちなさい。君は、もう、立派なこの店の一員だ。僕の、大切なパートナーでもある」 パートナー。その言葉が、詩織の胸に深く突き刺さった。自分は、ただのアルバイトではない。彼の、特別な存在なのだ。その認識が、彼女の心を、甘美な隷属感で満たしていく。 「そろそろ、君も欲しくなってきたんじゃないか?」 彼の声のトーンが、わずかに低くなった。腰の動きが、速く、そして激しくなる。 「あ、あ、あ……っ!も、もう、だめ……!い、きます……っ!」 「僕もだ。一緒に、いこうか」 彼は、詩織の身体を強く抱きしめると、最後の激しい衝動と共に、彼女の最奥へと、その熱いすべてを注ぎ込んだ。 ごぷり、と、生々しい音を立てて、灼熱の奔流が、子宮口に叩きつけられる。詩織の身体が、絶頂の痙攣の中で、そのすべてを貪るように受け止めた。自分の内側が、彼の生命の熱で満たされていく。その絶対的な感覚に、彼女の意識は、完全に白く染め上げられた。 長い、長い絶頂の余韻。 二人は、結合したまま、しばらく互いの身体を支え合っていた。詩織の脚は、だらりと彼の腰から滑り落ち、壁に背を預けたまま、ぐったりとしている。 やがて、重松は、ゆっくりと、名残惜しそうに、自身のものを引き抜いた。とぷん、という音と共に、彼の精液と彼女の愛液が混じり合った白い液体が、彼女の内腿を伝い落ちる。 彼の陰茎は、まだ完全に萎えてはいなかった。射精の余韻で赤く腫れ上がり、先端には、二人の交わりの証である白い液体が、まだ付着している。 彼は、その萎えかけたものを、詩織の目の前に突き出した。 「……小鳥遊さん」 彼の声は、静かだが、逆らうことのできない響きを持っていた。 「見ての通り、少し、汚れてしまった。君が、綺麗にしてくれるね?」 一週間前、事務所で初めてされた、あの命令。あの時は、屈辱と恐怖で、気が狂いそうだった。だが、今の詩織は、違った。 彼女は、その命令を、まるでご褒美を与えられるかのように、素直に受け入れた。 彼女は、彼の前に膝をつくと、その半ば萎えた熱い塊を、両手で優しく包み込んだ。そして、躊躇うことなく、その先端に、自らの唇を寄せた。 ぺろり、と、舌で先端を舐め上げる。自分の愛液と、彼の精液が混じり合った、濃厚で、甘く、そして、少しだけ塩辛い味。それは、もはや屈辱の味ではなかった。彼と一つになった証。愛の味だとさえ、感じられた。 彼女は、小さな子供がキャンディーをしゃぶるように、夢中で彼のものを舐め清めていく。亀頭の裏の筋、竿の部分、そして、根元まで。隅々まで、丁寧に。 「ん……っ、んん……」 彼女が唾液でぬるぬると湿らせていくうちに、一度は萎えかけた彼のものが、再びゆっくりと熱を取り戻し、硬度を増していくのがわかった。その生命の力強い反応に、詩織は、自分が彼に悦びを与えているという事実を実感し、えも言われぬ充足感に満たされた。 「上手になりましたね。本当に、感心するよ」 重松は、頭上から、恍惚とした吐息を漏らした。彼は、詩織の髪を優しく梳きながら、その奉仕を心ゆくまで堪能している。 詩織は、顔を上げ、潤んだ瞳で彼を見つめた。その瞳には、もはや隷属の色だけではなく、自らの行為によって相手を悦ばせているという、確かな自信と誇りの光が宿っていた。 「店長が……気持ちよくなってくれるのが……嬉しい、です」 それは、彼女の心の奥底から絞り出された、偽りのない本心だった。 その言葉を聞いた重松の目に、一瞬、鋭い光が宿った。彼は、この内気だった少女が、わずか一週間で、快楽の深淵を覗き込み、奉仕の中に悦びを見出すまでに変貌を遂げたことに、戦慄にも似た興奮を覚えていた。彼は、完璧な作品を創り上げたのだ。自分だけに絶対的に服従し、自分の欲望を的確に理解し、そして、その支配を心から受け入れる、理想の奴隷を。 「そうか。嬉しいか」 彼は、ゆっくりと彼女の口から自身のものを引き抜くと、完全に硬さを取り戻したそれを、再び彼女の目の前に掲げた。 「では、もっと嬉しいことをしてあげよう。もう一度、君の中に、これを入れてあげる」 その言葉は、詩織にとって、最高の褒美だった。 「……はい」 彼女は、恍惚とした表情で、こくりと頷いた。 重松は、彼女を再び壁際に立たせると、今度は正面からではなく、背後から彼女を抱きかかえるようにした。そして、彼女の尻を両手で掴み、ぐっと持ち上げる。詩織は、慣れたように、壁に両手をついて身体を支え、自ら腰を突き出すようにして、彼のものを受け入れる体勢をとった。 濡れそぼった入り口に、再び熱い楔が当てがわれる。 「さあ、第二ラウンドと行こうか。今日は、君が根を上げるまで、終わらせてあげないよ」 悪魔の囁き。しかし、それは、詩織にとって、天国への誘いそのものだった。 彼女は、これから始まる、終わりのない快楽の嵐を予感し、甘い戦慄と共に、その身を預けた。 バックヤードの薄暗がりの中、二人の喘ぎ声だけが、静かに、そして、どこまでも深く、響き渡っていく。客席にいる二人には、その背徳的な交合の音は、決して届かない。この「書斎カフェ 迷宮」という名の聖域で、二人は、誰にも邪魔されることなく、互いの存在を貪り合っていた。詩織の隷属は、もはや揺るぎないものとなり、彼女自身も、その甘美な鎖に繋がれることを、心から望んでいた。