春霞の立ち込める四月。ナナシは、真新しい制服に袖を通し、月ノ森女子学園の正門をくぐった。歴史あるレンガ造りの校舎は、まるで西洋の古城のような威厳を放ち、そこかしこに植えられた桜が満開の花びらを惜しげもなく散らしている。数年前から共学化されたとはいえ、男子生徒の姿はまだ疎らで、肩身の狭さを感じないでもない。だが、それ以上に新しい生活への期待が、ナナシの胸を高鳴らせていた。指定された教室へ向かう途中、ふと懐かしい、それでいてどこか心を落ち着かせるような甘い香りが鼻腔を掠めた。香りの源を探すように視線を巡らせたが、雑踏に紛れてしまい、特定には至らない。気のせいか、と首を振り、ナナシは自分の席に着いた。 新入生ガイダンスが終わり、教室が少し騒がしくなった頃。ナナシは、窓の外に広がる中庭の緑に目を細めていた。その時、ふわりと、先程よりもずっと濃厚な甘い香りがした。はっとして顔を上げると、すぐ目の前に、小柄な少女が立っていた。くすんだ淡い緑色の髪は肩口で切り揃えられ、大きな緑色の瞳はどこか不安げに揺れている。色素の薄い肌は透き通るようで、クラシカルなワンピース姿も相まって、まるで深窓の令嬢といった佇まいだ。 「あの……」 少女が、か細い声で何かを言いかけた。その声、その姿、そして何よりも、この甘く切ない香り。ナナシの脳裏に、遠い昔の記憶の断片が、陽炎のように揺らめいた。そうだ、この香りは――。 「もしかして……若葉、睦?」 ナナシの口から、ほとんど無意識にその名がこぼれ落ちた。少女の緑の瞳が、驚いたように大きく見開かれる。そして次の瞬間、その瞳には急速に恐怖と混乱の色が広がっていくのが見て取れた。 「あ……あ……っ」 睦と名指された少女――若葉睦は、言葉にならない呻き声を漏らし、わなわなと唇を震わせた。その肩が小さく痙攣し、まるで何か見えない力に押さえつけられているかのように、ぎこちなく後ずさる。 「久しぶり、だよな? 小学生の時以来か……?」 ナナシは、曖昧な記憶を手繰り寄せながら、努めて明るく声をかけた。だが、その言葉は睦の混乱をさらに深めたようだった。彼女の呼吸が浅く速くなり、血の気が引いたように顔色が青ざめていく。 「ちが……う……あなたは……」 途切れ途切れに紡がれる言葉。その瞳に宿るのは、単なる驚きや混乱だけではない。もっと深く、もっと暗い感情。それは、まるで長い間蓋をされていた怨嗟が、堰を切ったように溢れ出そうとしているかのようだった。ナナシの脳裏に、小学生の頃、近所の公園でいつも二人組で遊んでいた少女たちの姿がぼんやりと浮かんだ。一人は快活で、もう一人は物静かな子。確か、この若葉睦は、その物静かな方だったはずだ。 睦の様子が、明らかにおかしい。焦点の合わない瞳が虚空を彷徨い、指先が神経質にワンピースの裾を握りしめている。ナナシの放つ、彼自身は気づいていない微かな体臭が、睦の鼻腔をくすぐる。それは彼女にとって、十年という歳月を経てもなお鮮烈な記憶を呼び覚ます、禁断の香り。幸福感と同時に、抗えない生理的な反応を引き起こす、呪いのような匂い。 「……っ、は……ぁ……」 睦の喉から、熱っぽい吐息が漏れた。頬が微かに上気し、瞳が潤んでいく。これは、まずい。ナナシは直感的にそう感じた。彼女の精神が、何か大きな負荷に耐えきれず、軋みを上げている。 「大丈夫か? 若葉さん、どこか……」 ナナシの言葉は、届かなかった。睦の身体がぐらりと傾ぎ、ナナシは慌ててその華奢な肩を支えた。触れた肩は、驚くほど熱い。 「……むつみ、は……もう、おやすみ……」 掠れた声が、睦の口から紡がれた。そして、ふっと、彼女の身体から力が抜ける。いや、違う。力が抜けたのではなく、まるで何かが入れ替わったかのように、雰囲気が一変したのだ。 伏せられていた瞼がゆっくりと持ち上がり、現れた緑の瞳には、先程までの怯えや混乱は欠片もなかった。代わりに宿るのは、どこか挑発的で、それでいて無邪気な好奇心に満ちた光。口元には、蠱惑的な笑みが浮かんでいる。 「……あれぇ? ここ、どこだっけ? 睦ちゃん、また勝手に寝ちゃったの?」 声色も、先程とは全く違う。鈴を転がすような、明るく軽やかなテノール。まるで別人のようだ。いや、実際に別人格なのだろう。 「君は……誰だ?」 ナナシは、支えていた肩からそっと手を離しながら尋ねた。少女は、こてん、と可愛らしく首を傾げる。 「あたし? あたしはモーティス! 睦ちゃんのお友達だよ。よろしくね、お兄さん?」 モーティスと名乗る少女は、悪戯っぽく片目を瞑った。その仕草一つ一つが、計算され尽くしたかのように魅力的で、ナナシは思わず息を呑む。睦の奥ゆかしい雰囲気とは正反対の、積極的で大胆なオーラを放っている。だが、彼女の身体から漂ってくる甘い香りは、紛れもなく睦のものだ。 「モーティス……。若葉さんは、どうしたんだ?」 「睦ちゃん? んー、ちょっと疲れちゃったみたい。だから、あたしが出てきたの。ねぇ、お兄さん、もしかして睦ちゃんのこと、知ってる人?」 モーティスは、ナナシの顔を興味深そうに覗き込んでくる。その距離の近さに、ナナシは微かに狼狽えた。彼女の吐息が頬にかかり、甘い香りがより一層濃密に感じられる。そして、その香りに混じって、ナナシの本能を直接揺さぶるような、微かな、しかし抗いがたいフェロモンが漂ってくるのを感じた。睦の肉体が、ナナシの存在に、その体臭に、強く反応しているのだ。それは、モーティス自身にもはっきりと伝わっていた。 (あれ……? なんだか、睦ちゃんのからだ、すっごく……変な感じ……。ドキドキするし、熱いし……このお兄さんの匂い、もっと嗅ぎたい……?) モーティスは、状況がよく掴めていなかった。睦が抱える過去の確執も、この男に対する複雑な感情も、何も知らない。ただ、睦の肉体が発している強烈な信号――それは紛れもなく性的興奮だった――を、敏感に感じ取っていた。そして、睦が抱え込んでいるストレスも。 (睦ちゃん、この人に会って、すごくストレス感じてる。それなら……あたしが、発散させてあげなきゃ!) モーティスの思考は、単純かつ本能的だ。睦のストレス解消。そして、睦の肉体が求めている快楽。その二つを満たす最も手っ取り早い方法は、一つしかない。 「ねぇ、お兄さん。もしかして、暇?」 モーティスは、上目遣いにナナシを見上げ、甘えるような声を出す。その瞳は、潤んで熱っぽく、何かを期待するように揺れていた。 「え? ああ、まあ……特に予定は……」 ナナシの返事は、どこか歯切れが悪い。この異常な状況、目の前の少女の豹変。理解が追いつかない。しかし、それ以上に、モーティスの放つ強烈な色香と、彼女の身体から発せられる抗いがたい誘惑に、ナナシの理性が揺らぎ始めていた。 「じゃあさ、あたしとちょっとだけ、遊ばない?」 モーティスの指が、そっとナナシの制服の袖に触れる。その感触は、まるで電流が走ったかのようにナナシの全身を駆け巡り、背筋にぞくりとした快感が奔った。 「遊ぶって……何を……?」 「んふふ。いいこと、だよ?」 モーティスは、ナナシの耳元に顔を寄せ、囁いた。熱い吐息と共に、甘い香りがナナシの思考を麻痺させていく。睦の身体が、ナナシの体臭に反応して発するフェロモンが、モーティスの言葉に抗いがたい説得力を与えていた。 (睦ちゃんの身体が、こんなにエッチなことしたがってる……。じゃあ、してあげなきゃ!) モーティスには、倫理観も、社会的な規範も希薄だ。ただ、睦の欲求に忠実であろうとする。そして、睦のストレスを解消するためならば、手段を選ばない。 「ちょっと、静かなところ、行こ?」 モーティスは、ナナシの手を強引に掴むと、ぐいぐいと引っ張り始めた。その小さな身体のどこにそんな力があるのか、ナナシは抵抗する間もなく引きずられていく。彼女の掴んだ手のひらは熱く、しっとりと汗ばんでいた。 「お、おい、どこへ……!」 「大丈夫、すぐそこだから。ね、いいでしょ?」 有無を言わせぬ口調。そして、その瞳に宿る、純粋な、しかしどこか狂気を孕んだ期待。ナナシは、この流れに逆らうことが、もはや不可能であるかのように感じていた。わけがわからない。だが、目の前のとんでもない美少女が、自分を求めている。その事実に、ナナシの自制心は、脆くも崩れ去ろうとしていた。 人気のない、校舎裏の使われていない倉庫の陰。モーティスは、そこでようやく足を止めた。振り返った彼女の瞳は、先程よりもさらに熱っぽく潤み、頬は上気している。 「ねぇ……お兄さんの匂い、すごく……いい匂い……」 モーティスは、うっとりとした表情でナナシの胸に顔を埋めるように擦り寄ってきた。くんくん、と子犬のように匂いを嗅ぐ仕草は無邪気だが、その行動が意味するものは、あまりにも扇情的だった。ナナシのシャツ越しに、彼女の柔らかい髪と、熱い額の感触が伝わってくる。そして、再び、あの甘く危険な香りが、ナナシの理性を蕩かしていく。 「あのな、若葉……さん? いや、モーティス、だっけ? ちょっと、落ち着いて……」 「落ち着けないよぉ……だって、睦ちゃんの身体が、こんなに……こんなに……っ」 モーティスは、ナナシのシャツをぎゅっと掴み、自分の胸元へと引き寄せた。そして、おもむろに、自分のワンピースのボタンに手をかける。 「え……?」 ナナシが呆然と見守る中、モーティスは慣れた手つきで、ひとつ、またひとつとワンピースのボタンを外していく。白いブラウスの襟元が緩み、華奢な鎖骨があらわになる。ナナシの視線は、モーティスの細い指先に釘付けになっていた。何が起きているのか、頭では理解が追いつかない。だが、目の前の光景が持つ倒錯的なまでの美しさと、彼女から放たれる抗いがたい誘惑が、ナナシの思考を鈍らせ、本能を直接刺激していた。 「ね、お兄さん。睦ちゃんの身体、すっごく綺麗なんだよ。見てほしいな」 モーティスは、無邪気に微笑みながら、ワンピースを肩から滑り落とす。シルクのような生地が音もなく床に落ち、白いブラウスとスカートだけの姿になる。彼女は躊躇うことなくブラウスのボタンにも手をかけ、あっという間にそれも脱ぎ捨てた。現れたのは、少女特有の華奢な肩、滑らかな肌、そして年の頃にはやや不釣り合いなほど、しかし瑞々しく膨らみ始めた胸だった。薄いレースのブラジャーが、その柔らかな双丘をかろうじて支えている。 ナナシは息を呑んだ。目の前の光景は、あまりにも刺激が強すぎる。睦本人の奥ゆかしい雰囲気からは想像もつかない大胆な行動。しかし、モーティスはそれを当然のことのように、むしろ誇らしげにやってのける。 「どう? 睦ちゃん、可愛いでしょ?」 モーティスは、くるりと一回転してみせた。スカートがふわりと舞い、隠されていた脚線美が一瞬だけ覗く。その無防備な姿は、ナナシの心の奥底に眠っていた獣を目覚めさせるには十分すぎた。 「あ……ああ……可愛い……すごく……」 ナナシの声は掠れていた。理性が警鐘を鳴らしている。これはまずい。これは異常だ。だが、身体の奥底から湧き上がってくる抗いがたい衝動が、その警鐘をかき消していく。目の前の少女は、自分を求めている。その事実は、何よりも甘美な毒となってナナシの全身に広がっていた。 「えへへ、でしょ? お兄さんも、脱いだら? きっと、睦ちゃん、喜ぶよ」 モーティスは、今度はナナシの制服のジャケットに手を伸ばした。その指先がナナシの肌に触れるたびに、びりびりと電気が走るような感覚が彼を襲う。 「お、おい、待て……っ」 「んー? なんで? 早くしないと、睦ちゃん、待ちくたびれちゃうよ?」 モーティスの瞳には、一点の曇りもない。純粋な好奇心と、睦の肉体が発する欲望に突き動かされているだけなのだ。その無垢さが、かえって状況をより扇情的にしていた。 ナナシは、もはや抵抗らしい抵抗もできず、されるがままにジャケットを脱がされ、ネクタイを緩められ、シャツのボタンを外されていく。 モーティスの小さな手が、彼の胸に触れる。シャツの生地越しに伝わる、柔らかな手のひらの感触。その熱が、じわりとナナシの肌に浸透していく。外されたボタンの隙間から、彼女の指が滑り込み、ナナシの素肌をなぞった。ぞくぞくとした粟立ちが、背骨を駆け上る。 「お兄さんの肌……あったかいね……睦ちゃんも、きっと好きだよ」 無邪気な言葉とは裏腹に、その指先の動きはどこまでも挑発的だった。ナナシの胸の頂を、くるりと円を描くように撫でる。びくん、とナナシの身体が跳ねた。予期せぬ快感に、吐息が漏れた。いや、それはもはや吐息と呼べるほど整ったものではなく、快感に喉を焼かれた獣のような、くぐもった喘ぎだった。理性の最後の砦が、その指先ひとつで爆破される。思考は熱に溶かされ、ただ目の前の少女の存在だけが、世界のすべてとなった。 「ふふ、お兄さん、感じてるんだ。睦ちゃんの身体もね、すごく喜んでる。どきどきが、あたしにもわかるよ」 モーティスは、ナナシの胸板にぺたりと頬を寄せた。彼の心臓が、まるで警鐘のように激しく脈打っているのを、その耳で直接聞いている。それは恐怖の音か、それとも歓喜の音か。モーティスにはわからない。だが、この高鳴りが、睦の肉体を歓喜させていることだけは、本能で理解していた。 シャツは完全にはだけ、彼の鍛えられた上半身が露わになる。モーティスは、興味深そうにその筋肉の起伏を指でなぞった。子供が新しいおもちゃの感触を確かめるように、純粋な好奇心で。だが、その無垢な探求は、ナナシにとって拷問に近い快楽だった。 「やめ……」 止めてくれ、という言葉は、意味をなさなかった。声にならず、ただ熱い呼気となって霧散する。モーティスはナナシの身体をぐい、と押し、背中が倉庫の冷たい金属の壁に叩きつけられた。ごん、と鈍い音が響く。その衝撃と、肌を刺すような壁の冷たさが、逆説的にモーティスの指先が触れる部分の熱を際立たせた。 「ねぇ、お兄さん。キス、しよ?」 見上げるモーティスの瞳は、熱に潤み、とろりと蕩けていた。それは懇願ではなく、決定事項の通達だった。ナナシが返事をするより早く、彼女は少しだけ背伸びをして、その唇をナナシの唇に重ね合わせた。 最初は、ただ触れ合うだけの、ひどく幼い口づけだった。だが、ナナシの体臭、その存在そのものに突き動かされる睦の肉体は、もっと深い結合を求めていた。モーティスは、その本能に従った。ためらいがちに開かれた唇の隙間から、小さな舌がするりと忍び込んでくる。 ナナシの喉が鳴った。初めて感じる、他人の粘膜の感触。甘い、睦の香りがする唾液が流れ込んでくる。それは禁断の果実の蜜のように、彼の最後の理性を完全に溶解させた。もうどうなってもいい。この快感の渦に溺れてしまいたい。ナナシは無意識のうちに腕を伸ばし、モーティスの細い腰を抱き寄せていた。壁の冷たさと、彼女の身体の柔らかさ、熱さ。その対比が、彼の感覚を狂わせる。 「ん……ふ、ぁ……ちゅ……」 口づけは、次第に深くなっていく。最初は探るようだったモーティスの舌使いは、ナナシの反応を得て大胆さを増していく。彼の舌を絡め取り、吸い上げ、弄ぶ。唾液の交わる粘着質な音が、静かな空間にいやらしく響き渡った。ナナシの頭は真っ白になり、ただモーティスが与える快楽を受け入れるだけの器と化していた。 その倒錯的な情景を、少し離れた校舎の窓から、息を殺して見つめている影があった。淡い青色のツインテールを揺らし、金色のつり目を苦悶に細めている少女――豊川祥子。彼女は、偶然この場を通りかかったわけではなかった。ガイダンスの後、教室から睦の気配が消えたことに気づき、胸騒ぎを覚えて探していたのだ。睦が、あの男――ナナシと共にいることに気づいた瞬間、祥子の心臓は氷の刃で貫かれたように痛んだ。そして、見てしまった。睦が、まるで別人のように、あの男を誘惑し、肌を晒していく様を。 (睦……あなた、何を……っ) 祥子の指先が、冷たく震える。唇を噛みしめ、喉の奥からせり上がってくる絶望的な叫びを必死にこらえた。あの男は、裏切り者だ。十年もの間、自分たちの心を蝕み続けた呪いの元凶。憎んでも憎み足りないはずの相手。それなのに、睦は……。いや、あれは睦ではない。あの奔放で、大胆不敵な振る舞いは、モーティスのものだ。睦が極度のストレスに晒された時に現れる、もう一つの人格。 (あの男に再会したせいで……! 睦を、また苦しめて……!) 憎悪が、黒い炎のように胸の内で燃え盛る。だが、それと同時に、祥子の身体にも奇妙な変化が起きていた。風に乗って運ばれてくる、微かな、しかし紛れもないナナシの体臭。それは、彼女にとってもまた、抗うことのできない呪縛だった。 (いや……こんな……匂いに、私が……) 信じられないことに、身体の芯がじんわりと熱を帯びていくのを感じる。下腹部の奥が、きゅう、と疼いた。喉が渇き、呼吸が浅くなる。二人の口づけが深くなるにつれて、見ているだけの祥子の身体もまた、不本意な興奮に染め上げられていく。スカートの下で、太腿の内側がじっとりと湿っていく感覚に、祥子は吐き気を催すほどの自己嫌悪を覚えた。憎い。憎い。憎いはずなのに。どうして、身体はこんなにも正直に反応してしまうのか。 睦の唇から離れたモーティスは、はぁ、と熱い吐息をついた。その顔は満足げに上気し、唇はナナシの唾液で濡れて艶めいている。彼女の視線は、ナナシの顔から、ゆっくりと下へ……彼のズボンの、その中央の膨らみへと注がれた。 「お兄さん……ここも、すごく熱くなってるね」 モーティスは、屈託のない笑みを浮かべてそう言うと、何の躊躇いもなくその場に膝をついた。そして、ナナシのベルトのバックルに、器用に指をかける。カチャリ、と金属の擦れる乾いた音が、祥子の耳にまで届いた。 「ま……待て……そこは……!」 ナナシのかろうじて絞り出した制止の声は、懇願のように聞こえた。だが、モーティスは首を横に振る。 「待てないよ。睦ちゃんが、これが見たいって言ってるもん。触りたいって、言ってるもん」 それは真実だった。睦の肉体が、ナナシの男性性の象徴を、渇望していた。モーティスは、その忠実な代行者に過ぎない。 ジッパーが引き下ろされる、無慈悲な音。そして、窮屈な下着から解放されたナナシの熱く猛った欲望が、薄暗がりの中にあらわになる。 「わぁ……おっきい……」 モーティスは、子供のように目を輝かせた。そして、まるで珍しい生き物でも観察するかのように、その熱源に顔を近づける。くん、と匂いを嗅ぎ、それから、おそるおそるといった風に、その先端をぺろり、と舌で舐め上げた。 ナナシは、声にならない絶叫を上げた。背中を壁に強く打ち付け、天を仰ぐ。脳天を直接、稲妻で撃ち抜かれたような衝撃。快感と呼ぶにはあまりにも激しすぎる感覚が、全身の神経を焼き尽くしていく。 モーティスは、その反応を見て、さらに楽しそうに微笑んだ。そして、今度はもっと大胆に、その全てを、自身の熱い口内へと迎え入れていく。 「んぐ……んむ……」 水音と、ナナシの途切れ途切れの喘ぎだけが、あたりに響く。 その一部始終を、祥子は、ただ見ていることしかできなかった。指の関節が白くなるほど窓枠を強く握りしめ、噛みしめた唇からは、血の味が滲んでいた。嫉妬。憎悪。そして、裏切られた身体が訴える、どうしようもない欲情。それらが渦を巻き、祥子の意識をぐらつかせる。 (許さない……許さないわ、あなたも……睦も……!) だが、その瞳の奥には、憎しみだけではない、もっと複雑な感情が揺らめいていた。それは、あの場所にいるのが自分であったなら、という、決して口に出すことのできない、暗く歪んだ願望だったのかもしれない。 モーティスの唇と舌が、ナナシの欲望の全てを味わい尽くさんとばかりに、貪欲に動き続ける。熱く湿った洞内が、彼の猛りを優しく、しかし確実に締め上げ、扱き上げていく。じゅぷ、じゅぷ、と粘着質な水音が、ナナシの鼓膜を直接揺さぶった。頭の芯が痺れ、目の前が真っ白な光で明滅する。快感という名の奔流が、彼の思考回路のすべてを押し流し、洗い去っていく。 「んぐっ……ふ、ぅ……んむ、んむ……」 モーティスは時折、顔を上げては、ナナシの苦悶とも歓喜ともつかぬ表情を見て楽しそうに笑う。そしてまた、彼の灼熱の肉棒へとしゃぶりつく。先端の傘を舌で丁寧に舐め上げ、裏筋をなぞるたびに、ナナシの腰がびくん、びくん、と大きく跳ねた。もう限界だった。このままでは、この無垢で淫蕩な少女の口の中で、すべてをぶちまけてしまう。 「ま、まて……もう、だめだ……っ、出る……!」 ナナシの悲鳴にも似た懇願を聞いて、モーティスはぱっと口を離した。その唇は彼の蜜でぬらぬらと光り、口角からは銀の糸が引いている。 「えー、もう? ダメだよ、睦ちゃん、まだ遊び足りないって」 彼女はそう言うと、立ち上がった。そして、ナナシが何かを言う間もなく、くるりと向きを変え、彼の前に背を向けてしゃがみ込む。そして、驚くべきことに、自分の履いているプリーツスカートを、ゆっくりと、一枚の布をめくりあげるようにたくし上げていったのだ。 白いスカートの裏地、そして現れたのは、清楚な白いコットンショーツに包まれた、丸く、形の良い小さな臀部だった。 「お、おい……!」 ナナシの驚愕の声など意にも介さず、モーティスはその小さな下着の縁に指をかけると、くい、と横にずらした。そこに現れたのは、男の欲望をすべて吸い込むために用意されたかのような、若々しく、そして瑞々しく濡れそぼった秘裂だった。薄いピンク色の花弁は、すでに蜜でじっとりと湿っており、その中心にある裂け目は、ナナシの存在に呼応するかのように、かすかに、しかし確実にひくひくと蠢いている。 「ほら……睦ちゃんのここも、お兄さんのこと、待ってるよ……?」 モーティスは、振り返りながら、蠱惑的に微笑んだ。その光景は、ナナシの最後の理性を完全に焼き切った。彼はもう、思考することをやめた。目の前にある、甘く熟れた果実を、ただ貪るだけの獣と化した。 モーティスは、ナナシのまだ熱を帯びたままの肉棒を、その小さな手で掴んだ。びくり、とナナシの身体が震える。彼女は、それをゆっくりと、自身の潤んだ秘裂へと導いていく。 「ここに……入れて……?」 灼熱の先端が、濡れた花弁の入り口に触れる。 「んっ……♡ あつ、い……♡」 モーティスが、甘く蕩けるような嬌声を上げた。熱い鉄の棒を、柔らかな蜜壺の入り口で擦り付けられる感覚。それは睦の肉体にとって、未知の、そして強烈な快感だった。じゅるり、と粘度の高い蜜が溢れ、二つの肌の間に滑りを与える。モーティスは、自ら腰をくねらせ、その硬い先端を、自身の最も感じやすい場所でぐりぐりと押し付けた。 「あっ♡♡ あ、んんっ……♡♡ すご、い……睦ちゃんのからだ、びりびりする……♡」 その言葉と共に、彼女は、意を決したようにぐっと腰を落とした。 「んっ……!」 抵抗をものともせず、灼熱の楔が、ぬぷり、と音を立てて柔らかな肉壁を押し開いていく。狭い産道が無理やりこじ開けられるような、わずかな痛み。しかし、それを瞬時に凌駕するほどの、満たされるような熱い充溢感が、睦の肉体を駆け巡った。 ずぶり、と。ナナシの肉棒が、その根元まで、一気に彼女の奥深くに突き立てられた。 「あ゛ッ――――♡♡♡」 モーティスの喉から、絶叫に近い嬌声がほとばしる。それは睦本人の意識の奥底から絞り出された、初めての快楽に対する歓喜の叫びだった。狭く、熱く、そして内壁のすべてが敏感な粘膜で覆われた蜜壺が、異物であるはずのナナシの肉棒を、まるで待ちわびていたかのように、きゅうきゅうと締め付ける。 ナナシもまた、言葉を失っていた。熱く、柔らかく、そして信じられないほど心地よい締め付け。全身の血液が下腹部に集中し、脳が快感だけで満たされていく。彼の意識は、ただひたすらに、睦の身体の内部の感触だけを追い求めていた。 その瞬間、校舎の窓辺で、豊川祥子は、がくり、と膝から崩れ落ちそうになった。 (あ……あ……) 見てしまった。二人が、二人が、一つになる瞬間を。 祥子の視界が、ぐにゃりと歪む。憎い男の肉体が、自分が守らなければならないと思っていた幼馴染の、その一番奥深くまで侵入していく。それは冒涜であり、裏切りであり、何よりも、祥子自身の心の奥底に隠していた汚れた願望を具現化したような、悪夢そのものだった。 「あ……ぁ……」 乾いた唇から、意味をなさない声が漏れる。下腹部の疼きは、もはや無視できないほどに強くなっていた。スカートの下で、秘裂がじくじくと熱を持ち、勝手に蜜を滲ませている。その事実が、祥子のプライドをズタズタに引き裂いた。 倉庫の陰では、時が止まったかのような一瞬の後、獣たちの儀式が再開されていた。 「ん……ふぅ……♡」 最初に動いたのは、モーティスだった。ナナシの肉棒を体内に宿したまま、彼女は恐る恐るといった風に、く、と腰を小さく揺らす。ぬぷり、と肉が擦れ合う生々しい感触。そのたびに、睦の身体の奥深く、子宮の入り口あたりが、きゅん、と甘く疼いた。 「すごい……♡ なに、これ……♡ 睦ちゃんのからだ、溶けちゃいそう……♡♡」 彼女は、背中をナナシの方へと預け、彼の胸に後頭部をこすりつけるように甘えた。その仕草が引き金だった。理性の鎖を完全に引きちぎられたナナシは、本能の命じるまま、モーティスの小さな尻を両手で鷲掴みにすると、荒々しく腰を突き上げ始めた。 「ぐっ……う、ぉぉ……っ!」 ずぶり、ずぶり、と重々しい音を立てて、灼熱の肉棒が粘膜の壁を激しく往復する。壁に押し付けられたモーティスの華奢な身体が、その衝撃のたびに、がくん、がくん、と揺さぶられた。 「ひっ♡♡ あ、んっ♡ あ、あぁっ♡♡ きもち、いぃ……っ♡♡」 モーティスは、もはや言葉らしい言葉を発することができない。ただ、喘ぎ、嬌声を上げ、身をよじることしかできなかった。ナナシの突き上げる角度が変わるたびに、内部の敏感な箇所が的確に抉られ、脳が蕩けるような快感が全身を貫く。 二人の下腹部がぶつかり合う、べちゃ、べちゃ、という влажныйな音。それから、モーティスの口から絶え間なくこぼれ落ちる甘い喘ぎ声。そして、それらが混じり合って生まれる、背徳的で淫猥な交響曲。 ナナシは、獣のように喘ぎながら、無我夢中で腰を動かし続けた。視界は赤く染まり、思考はない。ただ、この腕の中にある熱く柔らかな身体を、己の欲望で満たしたいという、ただそれだけの衝動に支配されていた。モーティスの肩越しに見える、汗で張り付いた髪。そして、その下で上下に激しく揺れる、瑞々しい乳房。重力に従って垂れ、ナナシの突き上げる反動で、ぷるん、ぷるんと跳ねる。その先端にある小さな突起は、快感に硬く尖り、ブラウスの薄い生地の上からでもその存在をありありと主張していた。 「はぁ……はぁ……っ、すごい……おまえ……中、すごいぞ……っ!」 ナナシが、呻くように言った。睦の秘裂の内部は、信じられないほど熱く、そして彼の肉棒の一挙手一投足に反応するかのように、ぴく、ぴくと痙攣を繰り返していた。まるで、内側から彼の肉棒をしゃぶり尽くそうとしているかのようだ。 「だっ、てぇ♡♡ お兄さんの……おっきくて、あつくて……♡♡ 睦ちゃんの子宮が、きゅーって……♡♡ あ、そこ、だめぇ♡♡♡ いっちゃう、いっちゃうからぁっ♡♡♡」 ぐちゅり、と一際大きな音を立てて、ナナシの肉棒の先端が、子宮の入り口を強く圧迫した。その瞬間、モーティスの身体が、びくぅっ!と弓なりに反り返る。 「い゛っ……あ゛ーーーーーーっ♡♡♡♡」 金切り声に近い絶叫。彼女の瞳が白目を剥き、かくん、と力が抜けたように首が垂れる。しかし、その弛緩とは裏腹に、彼女の身体の奥深く――ナナシの肉棒を呑み込んだ蜜壺の内部では、凄まじい嵐が吹き荒れていた。 びくびくびくっ、と内壁の全方位から、まるで意思を持った生き物のように、ナナシの肉棒が締め上げられる。それはただの締め付けではない。快感のあまり痙攣する筋肉が、彼の灼熱の楔を絞り、吸い上げ、その存在を根こそぎ奪い去ろうとするかのような、暴力的とも言えるほどの収縮だった。 「あ、ぐ……っ、ぉ、おぉおおおっ!」 ナナシの背骨を、灼熱の電流が駆け上った。脳髄が沸騰し、思考が蒸発する。モーティスの絶頂が引き起こした内部の激しい痙攣は、彼の我慢の限界をいとも容易く破壊した。 「だ、めだ……も、お……出るッ!」 ナナシの腰が、最後の抵抗を諦めたかのように、大きく、深く、最後の一突きを彼女の奥深くに叩き込んだ。ぐぷり、と肉が裂けるような音と共に、子宮の入り口に硬い先端がめり込む。 そして、堰を切ったように、彼の全存在を凝縮したかのような熱い奔流が、睦の身体の最奥へと注ぎ込まれていった。 「んぐっ……ぅううううッ!!」 びくん、びくん、と断続的にナナシの腰が跳ねる。そのたびに、どく、どくと脈打つ熱い楔から、白濁した生命の雫がとめどなく撃ち込まれていく。 「あ゛……あ゛あ゛っ……♡♡♡ で、でるぅっ……♡ あったかいのが、いっぱい……♡♡ 睦ちゃんの、お腹のなかが……♡♡♡」 絶頂の余韻で震えるモーティスの口から、途切れ途切れの嬌声が漏れる。ナナシの精液が、収縮を繰り返す彼女の子宮口から内部へと吸い込まれ、温かい粘液と混じり合っていく。その生々しい感覚が、再び彼女の身体をびくびくと痙攣させた。 その瞬間――校舎の窓辺で、豊川祥子は、わななく唇を強く噛みしめていた。 (あ……あ……ぁ……) 二人の絶頂。結合したまま果てる、その背徳的な光景。そして、風に乗って微かに届く、体液の匂いと、ナナシの雄叫び。それらが、祥子の中で最後の引き金を引いた。 「ひっ……!」 短い悲鳴と共に、祥子の身体ががくんと大きく震えた。下腹部の奥で、きゅうううっと熱い塊が爆ぜる。見ているだけだというのに、彼女の身体は、憎い男と幼馴染の交合によって、強制的に絶頂の淵へと突き落とされたのだ。 「いや……っ♡ な、んで……♡♡」 意識とは裏腹に、身体は歓喜に打ち震える。太腿の内側を、熱いものがつぅ……と伝っていくのがわかった。それは屈辱の証であり、彼女の身体が、ナナシの存在に抗えないことの何よりの証明だった。涙が、悔しさと、不本意な快感とで、ぼろぼろと頬を伝って流れ落ちる。 (許さない……絶対に、許さない……!) 歯を食いしばり、祥子はよろめきながらも立ち上がった。窓から見える二人の姿は、まだ結合したまま、互いの身体に凭れかかり、荒い息を繰り返している。その光景は、祥子の心に、決して消えることのない深い傷跡と、黒く燃え盛る嫉妬の炎を刻み付けた。 倉庫の陰。ナナシの肉棒は、まだ睦の体内に繋がったままだ。射精の余韻でぴくぴくと痙攣する楔を、彼女の蜜壺が名残惜しそうに、きゅ、きゅ、と締め付けている。 二人の身体は汗と、そして互いの体液でぐっしょりと濡れていた。背徳的な匂いが、あたりに立ち込めている。 ナナシは、壁に背を預けたまま、ぜぇ、はぁ、と肩で息をしていた。快感の嵐が過ぎ去り、少しずつ、現実感が戻ってくる。自分が何をしてしまったのか。目の前でぐったりと自分に凭れかかっている少女は、十年ぶりに再会した、幼馴染の、若葉睦。 (おれは……一体、何を……) 罪悪感が、遅れてやってきた。だが、それ以上に、彼の身体の芯には、先程までの凄まじい快感の記憶が、焼き印のように残っている。 その時、ナナシの胸に凭れていた少女の身体が、ぴくりと震えた。そして、ゆっくりと顔を上げる。 「……あれ……?」 そこにいたのは、もはやモーティスではなかった。挑発的な光を失い、潤んではいるものの、戸惑いと不安に揺れる、見覚えのある緑色の瞳。 「わたし……どうして、服……? それに……ナナシ、さん……?」 睦、本人だった。彼女の意識が、浮上してきたのだ。状況が全く理解できない、という表情で、彼女は自分の身体を見下ろし、そして、ナナシとの間に繋がっている信じられないものに気づいて、その顔からさっと血の気が引いていく。 「ひっ……あ……あ……?」 何が起きたのか、断片的な感覚だけが彼女を襲う。身体の奥に残る、熱い異物の感触。全身を駆け巡った、身を焦がすような快感の残滓。そして、身体中にまとわりつく、自分のものではない、濃密な匂い。 「いやあああああああああああっ!」 睦の、絶望に満ちた悲鳴が、春の空に木霊した。 祥子は、その悲鳴を背中で聞きながら、静かに、しかし確かな足取りでその場を離れていた。彼女の美しい顔は、涙の跡で汚れていたが、その金色の瞳には、もはや迷いの色はなかった。 そこにあったのは、冷たく、硬質で、そして底知れないほどの決意を秘めた光。 (それでいいのよ、睦。もっと泣きなさい。もっと、あの男を憎みなさい) そして、私だけを見なさい。あなたを守れるのは、私だけなのだから。 (そして、あなたも……ナナシ、とか言ったかしら……) 祥子の脳裏に、ナナシの顔と、彼の肉体に貪られる睦の姿が焼き付いて離れない。 (あなたのことは、わたくしが、この手で……) 忘却の彼方へと葬って差し上げますわ。 十年の時を経て再会した三つの魂。運命の悪戯は、彼らを再び引き合わせ、そして、より深く、より歪んだ関係性の、最初の頁をめくったのだった。