① 石。石だ。テーブルの上に石がある。それもたくさんだ。そのテーブルを囲むように4人の少女が座っていた。その4人の少女たちが、石を綺麗に並べている。この集団奇行。この4人の少女は、全員高松燈になってしまったのだろうか?いや、そうではない。並んだ石をよく見て、彼女らの声を聞けば、答えは自ずと見えてくる。 「ドンジャラ!」 少女のひとりがそう宣言すると、目の前に並んだ石、いや牌を倒した。ツモ上がりだ。 「二色揃いのマスカレード、全員マスク付きで占めて12万点!」 「クッ…惜しかった…」彼女の対面の立希はティモリス待ちの聴牌だったのだが、その肝心のティモ牌を彼女に抱えられていた。 「今回は仕方がないですね」その上家の海鈴は海鈴らしく毎度最適な持ち牌を割り出してようだが、今回は運の方が向かなかった。 「うぅ…このままじゃ焼き鳥だよ…」最後のひとり、初華は今の所、散々な戦績だ。オブ牌を撫でくりまわしながら嘆いている。 ここは八幡海鈴邸。 1-B三羽烏、そしてゲストの4人は今、テーブルを囲んで「アベムジカドンジャラ」をやっていた。不思議な光景。なぜこうなったかと言うと… 〈三馬鹿、テーブルゲームで対決する〉 時は先日の昼休みに遡る。三羽烏は中庭のベンチに三羽並んで座っていた。海鈴が立希のノートをケショケショと撮影している。そして手持ち無沙汰に、とりとめもなく喋っていた。 「数学というのはゲームのようなものです。非常に論理的に物事が進みますから。そして音楽もゲームに近いところがあります。調やコード進行に忠実であれば曲は完成しますから。0か1。何事もゲームのようなシンプルさがあると、わかりやすくて良いですね」ケショケショ。 「な、なるほどね」 「で、お前は何が言いたいの」 「つまり、私が数学ができることにも、それなりの説得力があるということですよ」ケショケショ。 「お前、この3人の中では比較的できるってだけでしょ」海鈴の説法を聞いた立希は少し呆れ気味に言った。 実際この3人の成績は、多忙を言い訳にして、目立って芳しいものではなかった。もちろん全員の全てが目も当てられぬものではない。しかし、全体を見て怪しいところが多いのは立希だった。ゆえに、立希自身はこの話題にはあまり踏み込みたくはなかった。 その結果、話を受け取ったのは、初華だった。「海鈴ちゃん、数学はそうでも、音楽とゲームは、それだけじゃないよね」 「ほう。その心は」海鈴が興味深そうに手を止めると、初華はうっとりと喋り始めた。 「音楽でもゲームでも、気持ちも大事になるんだよ。一緒にいる人、聞いてくれる人、相手をしてくれてる人の気持ちを考える、それが大事。だって音楽もゲームも、自分が楽しんで、相手に楽しんでもらうためにやるんだよ。海鈴ちゃんも、きっとそれを忘れてないから良い演奏ができるんじゃないかな」 「なるほど、三角さんらしい良い意見です。私も同意です」 詩人らしい言葉だった。立希は思わず「海鈴が人の気持ちねえ…」と呟いていた。耳ざとくも海鈴が聞きつけて、ムッと言い返す。 「私がゲームに弱いと言いたいんですか?」 「いや音楽の方に引っかかれって。ミュージシャンだろお前」 「音楽に勝ち負けはありませんが、ゲームにはありますから」 「あ、海鈴ちゃん、また良いこと言うね!」 海鈴は立ち上がると、ふたりの方にビシッと指をさした。 「私にかかれば少なくともおふたりなどはけちょんけちょんですよ」  「べ、別に私は海鈴ちゃんのこと疑ってないよ」 「私はどうでもいいから」初華は手を前にパタパタと振り、立希は無表情で切り捨てた。海鈴は納得していない。 「どうでもよくないですよ。最近お二方は私を軽んじている気がします」 「そんなことないよぅ」 「…それはつまり最近に限らずずっと軽んじているということですか?」 「卑屈すぎる。心当たりがあるのかお前は」 ふたりが海鈴を宥めて座らせる。海鈴はなお不満げだったが、一応は大人しく座って、撮影を再開した。 ケショケショという音を聞きながら、立希は、ふと魔が差した。ふたりを横目にぼんやりと見ながら、またぼそりと呟いた。「まぁ音楽はともかく、ゲームなら私もふたりに遅れをとることはないと思うけど」 なお耳ざとくもそれを聞いた海鈴が、再び立ち上がった。「やはり私のことを軽んじていますね!?」 「いや別に?」立希は顔を背けて誤魔化した。初華は曖昧に笑っている。 海鈴は憤然とした顔でふたりを睨んだ。 「じゃあ白黒つけましょう。実際にゲームで対決して。良い機会です」 何が良い機会なのか。海鈴の突拍子もない宣言に、流石のふたりも意思表示をせざるを得なくなる。 「えぇ、またそんな話になるの!?」 「いいよそんなことしなくて」 ふたりが乗り気ではないとわかると、海鈴は少しだけ黙った。目つきがさらに鋭くなる。よからぬことを考えている顔だ。それから、立希の方をねっとりと見て言った。 「では立希さんの負けということですかね」 「そんな安い挑発には乗らないけど」立希が鼻で笑う。しかし海鈴は気にせず続けた。 「よって、罰ゲームです」 「はぁ!?なんでだよ」 「不戦敗ですからね」 「それは罰ゲームじゃなくてただの脅迫。せめて優勝賞品とかで釣れって」 「罰ゲームで立希さんのいかがわしい写真をばら撒きます」 「おい!!マジの脅迫じゃん!!!」 「立希ちゃんそんなの撮らせてるの…」初華がドン引きの顔をする。立希は初華にだけは言われたくないと思った。 「撮らせてないから」そう言いつつも海鈴の自信満々な顔が視界に入る。「…まさかね」 「ゲームで勝てばいいんじゃないですか?自信あるみたいですし」海鈴がせせら笑う。 「クソッ…なんで損しかない勝負を…」立希は歯噛みした。海鈴はもう立希は説き伏せたと判断したのか、次に初華に向き直った。 「三角さん」 「ヒィッ!や、やる!私はやるから、どうかご無体なことは…」初華が怯えている。しかし海鈴は無慈悲だ。 「三角さんの罰ゲームも発表します」 「そんなぁ!なんでぇ!?」 「負けたら、三角さんのスマホにある、豊川さん本人も知らないあのヤバすぎる写真をばら撒きます」 「うわぁ!?なんでそれを!?ど、どうやって!?」案の定初華が狼狽える。それを見た海鈴がニヤリと笑った。 「そのようなものが存在すると分かっただけで十分です」 「あ…」初華は嵌められたことに気がつき、がっくりと肩を落とした。立希は、あの海鈴にしては巧妙なやり口だと感心した。感心するようなことではないが。 「お前ずいぶん策士になったな…」 「もうゲームは始まっているということです」 「…結局人の気持ちは全然考えてないようだが…?」 海鈴はもはや何を得たいのか。ゲームをしたいだけなのではないのか。しかし、立希もこのまま海鈴を勝ち誇らせておくのは癪に触った。このどうしようもない女をけちょんけちょんにする良い機会かもしれない。一度ゲームにでも負けて、反省すればよいのだ。 初華が「海鈴ちゃんの罰ゲームはどうなるの?」と尋ねた。きっと彼女も復讐の機会を伺っている。 「そうですね…」海鈴は少し悩んでから、不自然にもじもじして、立希の方をチラチラと見てきた。 「…なんだよ」 「…立希さん。私が負けたらこの体を好きに」 「三角さん。ギタギタにしよう」 「剣使ってもいいかな…」 こうして、三羽烏のゲーム対決が幕を開けることになった。どうやら、海鈴にはいくつものテーブルゲームの用意があるらしい。ゆえに戦いの場所は海鈴の家。3人が学外で集まるのは流石に少し珍しかった。しかしもはや3人とも、勝ちあるのみなのだ。 そしてこのときの立希はまだ、ゲストの到来を知らない… ② 【前回のあらすじ】 尊厳をかけてテーブルゲームで対決することになった花女1-B三羽烏。彼女たちは海鈴邸に集まることになった。 「3人というのはゲームをやるには半端なんですよね」 「そうなの?」 「はい。様々なゲームの存在に鑑みると、4人という人数がいいんです」 「言われてみるとそうか…?誰かを巻き込むのはどうかと思うけど」 「ご安心を。私からちょうど良い方を誘っておきますよ」 「まあ…任せるよ」 このような会話があった。海鈴が哀れな犠牲者を増やそうとしているらしかった。しかし残りのふたりに異存はなかった。人が増えるのは別に構わなかったし、それにゲームは多い方が盛り上がる。立希はメンツを考えて、おそらく海鈴が祥子か睦を呼んでくるのだろうと思った。海鈴の交友の狭さはよく知られたことで、それ以外に心当たりはなかった。 それから、もし自分だったら、愛音を連れてきただろう、とも考えた。どのメンバーであっても、愛音は極めて便利なユニットだったからだ。 しかし、海鈴の選択は予想を凌駕するものであった。 「あー…どうも…祐天寺…さん?」 「こ、こんにちにゃむにゃむ〜…椎名、さん」 海鈴邸の中で、3人は新たな訪問者を迎えた。海鈴が召喚した人物、それは祐天寺にゃむであった。立希は開いた口が塞がらなかった。 「あの海鈴。私と祐天寺さん、ほぼ接点ないんだけど…」 「同感。うみこのカノジョがいるの、聞いてないんだけど」 「大丈夫です。遊んでいるうちに仲良くなりますよ」海鈴は無問題とばかりに言う。「なんか、学校の班分けみたいだね…」初華が苦笑いした。 「ま、いいや」にゃむは軽くため息をついて、テーブルの椅子に座った。海鈴もつづき、4人が卓につく。にゃむは荷物から小さな三脚を取り出すと、それにスマホを取り付けた。「動画、撮っていいんでしょ?」 「はい」海鈴はふたりが聞いていない話を勝手に了承した。何か取引があったのだろうか。 「あと、あたしが勝ったらういこが何でも言うこと聞くってのは、本当ね?」 「本当です」 「エッ!?!?」 初華が悲鳴が空を切る。どうやら、一筋縄ではいかない取引があったようだ。立希はにゃむに失礼があるのも本意ではなかったので、しばし黙っていた。 「にしても随分集めたねぇうみこ」 にゃむちが嘆息した。立希も確かにそうだと思った。海鈴の部屋の中は、テーブルのそばを中心に、テーブルゲームらしき大小様々の箱が所狭しと積んであった。部屋の端のほうには、偽ミッシェルの抜け殻も転がっている。これはどうでもよい。 「祐天寺さん。なぜ私がこんなに頑張ったか分かりますか?」海鈴がぐぐっと顔を前に突き出す。にゃむが少し怯んだ。「な、なんでよ」 「皆さんと遊ぶのを楽しみにしてたんですよ!」海鈴が悲痛な声を上げた。 「あっそ…」にゃむが呆れ顔で言った。「しょうもない…」立希も同じ顔で言った。やはり先日のアレコレもキッカケにすぎなかったのだ。不器用と言うか、あるいは、なんと言うか。立希はにゃむと少し目が合った。彼女は既に少し、にゃむに親近感を感じていた。 「Ave Mujicaでも前に遊んだよね!こういうゲーム!」初華が誰に対してかわからない助け舟を出す。「あの時も楽しかったよね!」ただひとり和やかなバンドを信じている女だった。 海鈴は初華の言葉を聞くと、顔をしかめて唇を噛んだ。 「立希さんも交えてやりたかったんです…!」 「泣くなよお前…」「だからって数合わせであたしを…」 海鈴は必死だった。それは彼女のいつも通りであり、その皺寄せもまたいつも通り、今はここにいる、ふたりのどちらかに行くのだ。 「私なりに一生懸命メンバー集めたんですよ!」 「ほぼ初対面のメンツを作るな」「少しはこっちの身にもなってよ」 「大丈夫です!絶対楽しいですから!」 「そういう問題なの?」「目的のために何かを見失ってるよね」 「逆にこれを仲良くなる機会と考えましょう!」 「皆が根無しの傭兵じゃないから」「あんた結果より過程を考えなよ」 「なんなんですか!?信用できませんか!?」 「「できない」」 ハモった瞬間、立希とにゃむは、今度はしっかりと目が合った。しばらく、目と目で通じ合う時間があった。 「にゃむ!」「たきこ!」 ふたりは固く握手を交わした。 「え?なんでですか?何が起こったんですか?」海鈴が慌ててふたりの手を引き剥がそうとする。初華はニコニコしながら「青春だね〜」とペラペラな発言をしていた。 「浮気?これどっちが悪いんですか?」 「海鈴うるさいよ」海鈴は知らんぷりした。 「そんな、なぜふたりが!」 「あんたがあたしを呼んだからでしょ」 「素敵だね〜」 「祐天寺さん!祐、天、寺、さん!」 「あーうるさ〜」 にゃむは手で耳を塞いで後ろを向いた。海鈴がそれを追いかける。立希は、奇しくも海鈴の言った通りに、なんとなく打ち解けてきていることに気がついた。と言うよりは、今日は海鈴の奇行に対する負担が半分になるという事実を喜んでいた。当の海鈴は、にゃむに向かってキャンキャンと吠えていた。今一度にゃむに感謝した。 「ねえ立希ちゃん」海鈴の矛先がにゃむに向いているタイミングで、不意に初華が声をかけてきた。「にゃむちゃんのこと、下の名前で呼んだよね」 「あ、ああ、うん。そうだったかも」 そうだったかもしれない。そうだとしたら、立希は無意識にそうしていた。それを聞いた初華は照れ臭そうに言った。 「私のことは、苗字で呼んでくれるんだね」 「えぇっ!?」立希は変な声をあげてしまった。意表をついた指摘だったからだ。確かに、自らにゆかりの深い人物たちの中で、立希は初華のことだけはずっと「三角さん」と呼んでいた。距離の縮まり方の関係で、なんとなくだ。 「下の名前で呼んだ方がよかったかな」立希は言った。もしも呼び方を変えるなら、にゃむと呼び合った、ここが機会なのかもしれない。 「あ、ごめん、別にそういう訳じゃなくて」 「いや、うん、わかってる。でも、ちょっと、距離あったかもなって」 「も、もちろん、呼んでくれても良いけど!」 「えと、じゃあ、そ、そうしようかな」 「あ、そう?」 「うん、祥子も、祥子だし」 ふたりはオロオロと言葉を交わした。そのうちに立希と初華も目が合う。初華の夜空色の瞳が、わずかな好奇を持って、立希を覗き込んでいた。立希はまたドギマギした。光の指す場所を見ている、あの目だ。名前程度そんな深刻な話ではない。「じゃあ、呼ぶね」そう呼ぶだけ、呼ぶだけ。 「う、う、う、うい」 「浮気ですか?また?」 「うわ!」いつの間に聞いていたのか、海鈴がふたりの間に割って入った。横に目をやるとにゃむがげっそりした顔で椅子に深く腰掛けていた。 「日に2度の浮気とは恐れ入りますね」海鈴がピースサインを作る。 「は、はぁ?呼び方くらいなんでもないでしょ」 「いえ、そうは見えず」 「どういうこと?」 「立希さんの挙動は、たまに犯罪者のようですから」 「はぁ!?わわわわけわかんないこと言わないで」 立希は燈や楽奈の顔を思い浮かべてドキリとした。犯罪者とは、言い草だ。お前と同じで少し不器用なだけだ。 「そしてお気づきですか?」 「何に」 「私も立希さんのことだけを下の名前で」 「気づかなかったな、それは」立希は適当に返事をした。 「でもさぁういこはさぁ」ここでにゃむも口を挟んだ。ニヤニヤと、人を食ったような顔。「実際浮気じゃないの〜?さきこ以外に名前で呼ばれてデレデレして」これは意地悪なときのにゃむだ。 「えと…」しかし初華は、さっき以上に顔を赤くして、「ううん、大丈夫」と言った。そして俯きながら自分の手を撫で、声をうんと小さくした。 「さきちゃんは、私を特別な名前で、呼んでくれるから…」 「オゲーーーッ!」角砂糖の弾丸を打ち込まれたにゃむが吹き飛ぶ。そのまま壁に叩きつけられて目を回した。「あ、あたしが悪かった。もうやめて。その先はいい、言わなくて」 初華から漂う甘ったるい空気も、ほとんど毒だ。立希も念のためハンカチで口をおさえた。ただ海鈴だけは、「特別な呼び方ですか…」と呟きながら、顎に手を当てて立希を凝視していた。 「お前はまた何考えてるんだよ」 「…たっくん!」 「「張り合わなくていいから」」ふたりはまたハモった。 結局、立希は初華の呼び名を変えなかった。というのも、初華は実際には、苗字で呼んでもらう方が好ましいらしかった。そこにもやはり、初華を砂糖漬けにした人物の影を感じたが、立希は立ち入ることはしなかった。 ワチャワチャとやっているうちに、4人はすっかり打ち解けた。…多分。しかもそれが必要だったのは立希とにゃむだけだ。おまけにゲームはまだ始まってすらいない。 「では早速ウォーミングアップにこれを少しやってみましょう」 そう言って海鈴は大きめの箱をテーブルの上に置いた。にゃむが「出た。アベムジカドンジャラ」と言う。初華は「うぅ、ドンジャラかぁ…」と情けない声を漏らした。「アベムジカドンジャラ」は少なくともメンバーには知られた代物だったようだ。 「これをやれば本大会の気をつけなければならない点が明らかになります」 「気をつけなければならない点?」 「あーあたしはわかった」 「立希さんもすぐわかると思います」 初華だけがしょもしょもとしていた。何がわかるのだろうか。立希は不可解さを抱えながらも、3人と共に、牌をジャラジャラと混ぜ、並べていく。牌の表側には、衣装違いで様々な表情をしたアベムジカメンバーが描かれていた。 (いい感じの石を並べる…これは実質燈だ…) 立希はかなりバカなことを考えながら、犯罪者のような目つきで牌を並べていた。 ③ 【前回のあらすじ】 尊厳をかけてテーブルゲームで対決することになった花女1-B三羽烏。祐天寺にゃむも交え、最初のゲーム「アベムジカドンジャラ」が始まった。 こうして話は最初に戻る。ちょうどにゃむがツモ上がりをし、3人の点数がほぼ横に並んだところだ。 「かけつけ3局ほどやって、立希さんも分かったと思いますが」ジャラジャラと牌を片付けながら海鈴が説明を始める。「三角さんは弱いです」 「うん、気づいた。弱い」 「弱すぎる」 「うぅ〜」初華が両手で顔を覆った。散々な言われようだったが、明らかに初華は弱かった。立希が少し卓を同するだけでわかる圧倒的な弱さだった。そして、その原因もまた明らかだった。 「三角さん、全然オブリビオニスの牌捨てないんから…」 「うわ〜ん。だってさきちゃん捨てるなんてできないよう!」初華はまだオブ牌を撫でくりまわしていた。「ういこ、これそういうゲームじゃないんだって」にゃむは呆れて果てている。 海鈴が立希に説明を続ける。「この三角さんの習性のせいで、多くのゲームが不成立になることが明らかになっています。まず、Ave Mujica内でゲームをするときは、豊川さんと三角さんを1セットで1人にカウントします。」 「えぇ…」 「ういこがさきこを勝たせようとするからゲームにならんのよ」 「だから4人用ゲームができるのか…」 「また、ここにあるAve Mujicaタイアップ商品のいくつかも危険です。例えばこの」海鈴が小さな箱を卓上に取り出す。「Ave Mujicaトランプです」 「あたし、ババ抜きで揃ったカードを捨てない人初めて見たよ。オブリ札引かれたら、この世の終わりみたいな顔するし」 「うぅ…うぅ〜」初華が縮こまる。 海鈴はトランプをしまうと「他には例えば」と言い、同サイズの箱を出してくる。「Ave Mujicaウノです」 「なんでもあるなアベムジカ…」 「まさかウノでカードが減らさない人間がいるとはね」にゃむは遠い目をしていた。「ううぅ〜」初華がさらに縮こまる。 「三角さんが敗北して罰ゲームを食らうのはいいですが、正々堂々敗北すべきです」 「よくないよ〜」勝手に罰ゲームを二重にされている初華の悲壮な嘆きは誰の耳にも届かない。 「よって、今日はこの類を除いて遊びます」海鈴はドンジャラを片付け終えて綺麗になったテーブルに、箱を一山ドンと置いた。「折角立希さんもいるので、他のタイアップ商品から選びますか」と、箱をひとつずつ物色する。除いてなお、Ave Mujica関連ゲームがあれだけあるというのか。海鈴は山の一番下の大きめの箱を取り上げる。 「とりあえずこれどうでしょうか。Ave Mujica人生ゲーム」 「あーいいんじゃない?それはやったことないけど、人生ゲームならわかるし」 「本当になんでもあるなアベムジカ…」 「それって、どうAve Mujicaなの?」 「よくわかりません。豊川さんが監修しているとかなのでしょうか」 「それはもう祥子の人生ゲームなんじゃ…?」 「さ、さきちゃんの人生!やる!」 「現金なやつ…」 こうして2つ目のゲームは人生ゲームになった。箱から黒と赤を基調としたコンポーネント類を取り出しながら、立希はこんな陰気な人生があってたまるかと思った。 (Mygo!!!!!の方がよっぽど人生だ。ルーレットは羅針盤の形にして…マスに燈の歌を…) 「立希さん、集中してください」 「たきこも大概だね…」 ──── 「やった…!結婚…!」結婚のマスでルーレットを当てた初華が、迷うことなく水色のピンをコマに刺す。馬車の形のコマには、黄色と水色のピンが並んで立っていた。「次の目標は家を買って…マンションが良いかな…それとも一軒家…こ、こ、子供もできちゃったり!?何人くらい…!?」初華はずっとブツブツ喋っていた。 「ア゛ァ゛〜ういこの人生計画もう聞きなくない〜」ゲームの初っ端から初華の夢語りを至近距離で聞かされ続けているのはにゃむだ。彼女が次のルーレットを回す。3。1、2、3。イベントマス。「バンドが解散した!$10,000払う」と書かれている。 「アァ…また…違約金だ…」 「これなんでこんなに解散マス多いの?」 「いいじゃないですか解散くらい。まだAve Mujicaらしい方ですよ」 「海鈴さっき地面師にむしられてたな…」 「ルーレットめ…あたしは俳優に転職したいのに…」 「なんでも上手くはいかないよ。人生なんだから!」 初華は教訓的なことを言った。にゃむは歯噛みしながら"職業カード"を見つめている。俳優の職業カードには、満面の笑みのモーティスが描かれていた。 「次は私ですね。それっ」 海鈴がルーレットを回す。4。1、2、3、4。マスカレードマス。 「出た。よく分からないマス。マスマス」 「マスカレードに挑戦できますね」海鈴は追加でルーレットを回す。7。「あ、失敗です」 「マスカレードに失敗ってどういうこと?」にゃむも初華も海鈴も、ボードに散見されるこの不可解なマスがよく分かっていない。当然立希はもっと分からない。タイアップで生まれた謎のマスだ。 「マスカレードってライブのことなんでしょ?」 「まぁ…さきこによれば、そうらしい」 「そうらしい、じゃなくてそうだよ!もっとコンセプトを大切にしようよ!」 「さきこは頼りになる味方を持ったねぇ」注意する初華に、にゃむはめんどくさそうに手を振った。 「しかしライブが失敗とは不吉ですね」 「トラブってライブができなくなってんのかな?」 「「「……」」」 「楽器が急に弾けなくなるとか?そんなわけないか」 「「「………」」」 「…なんで3人とも急に黙るわけ……あっ」 ──── 「やっとゴールできました…」4着の海鈴が"女神の地"にたどり着いて人生ゲームは終了した。到着順と同じく、海鈴はドンケツの4位であった。海鈴は悔しそうにコマを見つめている。 「信用が足りなかったのでしょうか…」 「いや…結婚とかのイベントを勝手に全部切り捨てて進んでいったのはお前でしょ…」 「しかしお金の為には家族など不要では?」 「え、急に闇堕ちした?それとも元から?」 「現実でもこうならないといーね」 「現実でも…?た、立希さん!私はお金よりも愛と信用を!」 「こっちを見るな。血も涙もないやつ」 立希は3位。可もなく不可もなく…いや、卓上で続け様に起こった不運を考えると不可寄りだ。でも、バンドだけは解散しなかった。たかがゲームだが、一安心した。立希のバンドは一生なのだから、これは重要だった。 「立希さんはこの"モーティスエリア"を通ったようですが、これは」 「ゲームでくらい海鈴から離れたくて」 「若葉さん…!」モーティスのカードを海鈴が睨みつけた。「今日はこれで3人目ですよ…!」 「敵が多くて大変そうだねうみこ」 一方のにゃむは華々しい1位。ベーシストとして大成功し、家族と一軒家に住んでいた。しかしその表情は暗い。 「全然止まりたいマスに止まれなかったのに1位…あたしの人生って一体…」 「まぁ…ゲームだから…」 「ゲームでくらい好きにさせて欲しいんだけど…」 彼女にとっては、ずいぶんと感じるところのある結果だったようだ。思うようには進まない。立希は、人生ゲームとは、やはり人生なのかもしれないと思った。その証拠に、2位の初華は、ずっとひとりでシクシクと泣いていた。 「家、家が燃えちゃった…私とさきちゃんの家…」 あまりの憐れさに3人は声をかけられなかった。しかし人生ゲームでここまで真剣になれる人間がいるなら、これを作った人も浮かばれるというものだろう。 「ぬいぐるみでいっぱいのベッドも…お花でいっぱいのベランダも…全部…燃えた…」 …初華の悲劇は予想以上に盛られている。これも作った人も、このディテールには流石に想定していないかもしれない。3人は声をかけないままにしておいた。触らぬ神…あるいは神っぽいなにか…には祟り無しだ。 ──── 「人生ゲームはなかなか深くて楽しかったですね」海鈴は人生ゲームを箱にしまいながら言った。 「深いかどうかは別として、まあ」 「しかしコラボものって無理のある感じになるね〜」 「愛の巣が…」 片付けがてらにダラダラと、思い思いの感想戦が始まる。 「実際の人生には勝ち負けなんて無いからね!」初華は自分に言い聞かせるように叫んだ。 「ういこ、自分で書いた歌詞読んでみな」 「まぁ実際海鈴たちはなんだかんだ勝ち組だよね」 「いえ、現実の私たちも人生はこれからですよ。ねえ立希さん?」 「だからこっち見るなって」 「へぇ、私たちの崖っぷちバンドに勝ちとかこれからとかあるわけ?」にゃむはバカにするように言った。横から初華が反論を加える。 「ダメだよにゃむちゃんそんなこと言ったら!にゃむちゃんの家はまだ燃えてないんだよ!?」 「いや、ういこの家も燃えてないけどね」 「にゃむちゃん、夢あるんでしょ!」 「へぇ、にゃむは、夢があるんだ?」立希が尋ねると、にゃむは「別にぃ」とはぐらかした。自分の口からは、あるいは部外者には、言えないのだろう。そのコマがどこにいて、どこに向かうのはわからない。なるほど、ただしく人生だ。 「今とは違う人生を歩むということで言うと…どうですか、これなどは」海鈴が巨大で分厚い本を卓上に取り出す。表紙にはRoseliaのボーカルのイラストと「ガールズバンド TRPG」の文字が書かれている。 「あーキャラクターを作ってなりきりする奴か」 「はい。人生で自分ではない人間として振る舞うなんてことは中々ありませんからね」 「あたしたちは全然そんなことないけどね」 確かに、寸劇仮面バンドの言うことではない。 「大体、ガールズバンドTRPGって何?」 「好きなバンドのメンバーになるTRPGです。キャッチコピーは『6人目になった私…!』。Ave Mujicaともコラボしています」海鈴が紹介しながらパラパラと中をめくってみせる。イラストと共に細かい字がびっしりと詰め込まれたページがあらわになる。ところどころで有名ガールズバンドのメンバーがデザインされていた。 「うわっ本当だ。めちゃくちゃ美化された海鈴が描いてある!」 「私はもともと美形だと思いますが」 「あんたまずそういうところ直そう?」 「ん?でも…」本をめくりながら、立希が重要な気づきを得た。「海鈴たちがガールズバンドのメンバーになりきって楽しいのか…?」 それを聞いたにゃむと海鈴が真顔でフリーズした。 「確かにそうですね」「あたしら5人目じゃん」 「大体負けたら罰ゲームの話はどうすんの」 「全くその通りです」「これ勝ち負けないし」 TRPGは即座に却下となり、海鈴は分厚い本を元あった場所に戻した。やや残念そうな顔だった。少しやりたかったのだろう。全くもって、不器用な女だ。 しかし、勝ち負けがないゲームがあるという事実は、示唆的であった。確かに海鈴は、数少ない友と楽しむ為にゲームを用意をしたのだ。なればこそ、初華の言う通り、人生にも勝ち負けはないのかもしれない。 「あれ?」そこで、またさっきから初華が喋っていないことに気づく。立希が初華の方を見ると、初華の姿が席から消えていた。「どこ行った?」とりあえずテーブルの下を覗いてみると、初華は椅子の上でチワワくらいのサイズになってプルプル震えていた。(どこかで地雷を…?)会話を思い出すのも面倒だったので、今回は自然に戻るのを待つことにした。 テーブルの上に視線を戻すと、海鈴が新しい小さめの箱をいくつか並べている。「では、少し軽い、すぐ終わるものをやってみましょうか」 「それも全部Ave Mujicaコラボ商品?」にゃむは自バンドのコラボ先の多さに改めて目を丸くしている。 「はい。まぁ気軽にやりましょう。これなどは…やるのが楽しみでした」 海鈴が箱のひとつを選び出すと、不敵に笑う。見たことのないゲームだったが、立希は海鈴の様子から、また不吉な予感を感じていた。そして、できることならこの危機察知能力を、海鈴と出会う前に身につけておきたかった、とも思った。 ④ 【前回のあらすじ】 尊厳をかけてテーブルゲームで対決することになった花女1-B三羽烏。祐天寺にゃむも交え、よくわからないボードゲームを消化していく。 「俺の永遠の死の騎士になってくれないか…?」にゃむが言う。「立希、俺と踊ろう」 「貴女は炎の鳥籠で私を偽った…」海鈴か言う。「立希さん、結婚しましょう」 「君の剣が僕の月を殺したんだ…」初華が…否、ドロリスが言う。「立希、今宵永遠を君と」 3人に求婚された立希は、恥ずかしそうな顔で、「う〜〜ん」と唸っていた。逃げ場の無い修羅場。だが立希は答えを出さなくてはならない。 「じゃ、じゃあ三角さんで…」 こうして、立希の伴侶は三角初華となった。 「やったぁ!」初華が手を挙げて喜ぶ。残るふたりは、片や絶望の、片やしかめ面でその様子を見ていた。 「またういこぉ?」 「なんか三角さん強くないですか?」 「え、そうかなぁ。私が書いた言葉も多いからかな」 立希は、それもあるが、最も影響のある要因は違うと思った。おそらく真実は、初華のドロリスへの大胆な変貌、ギャップによる魅力の増大効果。言わば盤外戦術だ。 「もう結構です」海鈴がムスッとした顔で言った。「これはやめにしましょう」 「あんた、自分が思ったような展開にならなかったからって」 彼女たちがプレイしていたのは、即興プロポーズ作成カードゲーム「たった今考えたマスカレードの言葉を君に捧ぐよ。」だ。Ave Mujicaのライブを彩る、思春期の患いのようなワードが書かれたカードたち。これらを組み合わせて魅力的なプロポーズを作った者の勝ち。初華が強いのは当然だった。 「う、海鈴ちゃん、これ、今日借りて帰ってもいい?」 その初華は、控えめに袖を引きながら、海鈴に頼んでいる。海鈴は不機嫌そうに箱を初華に投げて寄越した。彼女は一体家で何をするのだろうか。 立希自身は、終わってホッとした。このゲームは海鈴が立希に告白されるために、あるいはするために出してきたようなものだ。こんなゲーム体験は一度で十分し、思い出したくもない。 「まぁでもAve Mujicaの告白は貴重な経験だったかも?」 「そうですよ!値千金ですよ!」 「ういこの告白とか金払ってでも聞きたいやついるだろうね」 「え、えぇ〜…そんなこと…」 「私の告白はさきちゃんだけのものだよお〜?」にゃむがおどけて言う。初華は違うとも言わずに照れ笑いをしていた。それを見たにゃむは、顔をしかめて「ゲェ」と言った。 「しかし、このゲームでもっとムーディな感じになる予定だったのですが」海鈴は名残惜しそうに箱をしまう。立希はゾッとした。 「ムーディにならなくて本当によかった」 「ツイスターゲームとか出してこないでよ」うんざりした様子のにゃむの口から、立希の知らないゲームの名前が出る。 「ツイスターゲームって何?」立希が問うと、初華がそれに答えた。 「地面に書いてあるたくさんのマルに、ルーレットに従って両手足を置いていって、変な格好になっても倒れないようにするゲームだよ。柔軟性を鍛えるんだって」 「ふーん」 その横ではにゃむが信じられないような顔をして初華を見ていた。にゃむは知っている。いい歳してツイスターゲームを柔軟目的でやる人間はいない。そう信じているのは、純真無垢であるか、騙されているか、あるいは両方の人間だ。にゃむは耳を塞いで高笑いの幻聴を遮断した。 「Ave Mujicaツイスターゲームは没ですか…」 「それもあったのかアベムジカ…」 海鈴はテーブル上のゲームの山を物色する。「では、次はこれにしましょう」悩んだ末に2番目に小さな箱を取り出す。「「Ave Mujicaワンナイト人狼」です。4人でできますよ」 「そういう素直なのを素直に出しなよ」 「うぅ…疑い合うゲームかぁ…苦手だなぁ…」 「では…アッ!」海鈴が箱を開けながら急に声をあげた。「やっぱりやめませんか!?」 「なんで?」 「人狼のカードがティモリス柄です!イメージ毀損ですよこれ!」 「…ちょっと楽しみになってきた」 ──── 立希「だから余剰札を占った理由が聞きたいって言ってるんだけど」 海鈴「逆に皆さんの誰かを占ったらその理由を聞くでしょう?それよりは議論がフラットになるはずですが?」 若麦「余りが怪盗・人狼ってのは無難すぎてチョー嘘っぽいけど。まぁもっと怪しいヤツいるんだよねェ」 立希「それはにゃむから見て怪しいだけでしょ。こっちからは無条件に信用できない」 海鈴「人ではなく発言内容を見るべきなのは賛成です。私のことは信用してくれてもいいですが」 立希「するわけないでしょゲームなんだから」 初華「み、みんな、あんまり強く言うのは、やめよ?」 若麦「あーあ出たよ。いい子ちゃんでいれば疑われないと思ってるワケ?今日はさきこがいなくて残念でしたねー」 立希「にゃむやめなよ」 若麦「ハァ?どう考えてもういこが一番怪しいでしょ?占いCO後出しで海鈴人狼って」 立希「でも今は祥子とかの話は関係ないでしょ」 初華「立希ちゃん…」 若麦「随分仲良しィ。でもあたしは立ち回りが疑わしいって言ってんだけど。そっちの話してくんない?」 立希「…ッ!」 ──── 予想以上に白熱したワンナイト人狼は、役職を変えたりしながら、何回戦も続いた。立希が様々なことに気がつくのに時間はかからなかった。 「にゃむ、人狼得意?」 「まぁ…そう?ありがと?」立希が言うと、にゃむは少し、照れくさそうに答えた。強気なにゃむの話術は、場の空気を、少なくともこの場の空気を掴んでいた。 「三角さんは…ちょっと弱い…」 「さきこがハンドル握らないとこういう系はダメ」 「うぅ〜」初華は咽び泣く。しかし、彼女には愛嬌があった。むしろこのゲームには向いているかもしれない。 「海鈴は…まあ…」最後に海鈴をチラッと見る。 「なんなんですか?」 もし立希が海鈴の通信簿にコメントを書くなら、「人の気持ちを考えましょう」だ。いつも書きたいとは思っているが、このゲームでそれは浮き彫りになった。 「立希さん何か言いたげですね?」立希は改めて、海鈴は対人に向かないのでないかと思った。 「なんで黙ってるんですか」 …それでも、最初の方のあの試合は見ものだった。あのとき、実はにゃむと海鈴のふたりが人狼だったのだ。立希は、あの侃侃諤諤の様子からは、ふたりが目的を同じくしていることには全く気がつけなかった。あの後勝利したときの、悪辣な笑みを交わしたにゃむと海鈴の顔は、やけに頭に残っていた。 それを思い出して、立希も思わず、笑みをこぼした。 「たきこ、まだ何かあるの?」 「いや、海鈴にも友達、できたんだなぁって」 「友達?あたしのこと?うみこと?ジョーダン」にゃむは舌をベッと出して、手をひらひらと振った。でも、まんざらでもなさそうに見えた。ふたりは、Ave Mujicaのリズム隊なのだ。何も通じずに、セッションなどできるものか。何か心で通じ合うものがあったに違いない。立希は、自分もそうでありたいと思った。 (…そよは…強そうだな…人狼…) 「次やりますか?」 「今日は次で最後じゃない?」 「そうですね…では最後らしくこれとかどうですか。出演番組とのタイアップなんですが」海鈴が中くらいの箱をテーブルに置く。「「ライフ・イズ・オークショニア」です」 「あ、ちょっと懐かしいね」初華が嬉しそうな顔をした。一方、にゃむは渋い顔だ。「それボドゲ化されてたの?」 「これは2対2でやる、伏せたカードでの数字比べです」海鈴が説明する。 「へえ、また読み合いか」 「それもしかしてオリジナル通りならさ…」 「はい」不安そうなにゃむに、海鈴は事も無げに言った。「チップの代わりにプレイヤーに電流を流します」 「いや物騒すぎる」「普通のにしなって…」 即座にふたりからの非難を受けた海鈴は仕方なさそうに箱をしまう。その下にまだ似たような箱が見える。 「…「気分屋モーティス」とかもあるんですが」 「それの特徴は?」 「負けた方の掌に穴が開きます」 次は無言で却下された。初華だけが「私、それなら強いのに…」と名残惜しげだった。Ave Mujicaはどんな番組で何と戦っているのだろうか。立希は聞くのが怖かったので聞かなかった。 「なんだか立希さんと祐天寺さんは注文ばかりですね」海鈴が箱を物色しながらぼやく。 「お前が変なゲームばっかり出すから」 決して中身は無い会話。そのうちに、何かいいものを見つけたのか、海鈴の手が止まった。「あ、これいいんじゃないですか?立希さんも祐天寺さんはお得意だと思いますよ」そう言いながら、海鈴は一番小さな箱を出してきた。 「…何これ」 「「はぁって言うゲーム」です。おふたりともよく言ってますから」 「「ハァ!?」」ふたりはまたまたハモった。 ⑤ 【前回のあらすじ】 尊厳をかけてテーブルゲームで対決することになった花女1-B三羽烏。祐天寺にゃむも交えた戦いはえんもたけなわ。 「すみません」海鈴が札を取る。 「多少の間違いがあったかもしれません」 「そうかもね」立希が札を取る。 「私としては一緒に遊んでくれれば良かったんです。だから罰ゲームは本意ではなかったんです」 「うみこ、約束を守るのが信頼ってもんでしょ?」にゃむが札を取る。 「ウグッ、それはそうかもしれませんが」 「私は楽しかったから、もうそれでいいよっ」初華が札を取る。 「三角さんは優しいですね」 海鈴はおべんちゃらを使って感謝したが、もう出遅れだ。その次には「あがり」と立希が言って、札を揃える。今回の立希の勝ちを以て、最後のゲーム「ガールズバンド花札」は終わりだ。八月「芒に丸山彩」の札を、海鈴が侘しく見つめていた。 今日はこれで終わりということは、最後に戦績をまとめなければいけない。海鈴の無駄な足掻きは、彼女がそこで起こることを察したことに起因していた。にゃむは間違いなく勝敗表を確認した。 「どう見てもうみこがドベだね」 「お、海鈴、罰ゲームだ」 「そ、そんな…」海鈴は、邪悪な笑みを浮かべるふたりの横で、頭を抱えた。初華だけは誠実な笑顔を海鈴に向けていた。この初華の誠実さというのは、一切役に立たない場合が多い。今回もそうだった 「海鈴がゲーム強いみたいな話はなんだったの?」 「デジタルでやってた時は強かったんですよ」 「それ、やっぱり人の心がわかんないからじゃ…」 「やめてくださいよそういうこと言うの!」 にゃむが続けて確認する。「1位は…あたしか」 「まぁ…海鈴よりにゃむが強い方が納得感あるよ」 「トラウマになりそうですよ今日は」海鈴は必要以上に悲壮感を醸し出す。それは海鈴としても、Ave Mujicaの中でならマシな方、という謎の自負があったからだった。あるいは、この謎の自負は、このバンドの全員が持っていたのだが。 「ま、まぁでも楽しかったよね!ゲーム大会!」 初華が場を和やかにしようとした。するとにゃむは初華にぐいっと顔を近づける。 「忘れてないよね?」 「え、何を?」 「あたしが勝ったからあんたがあたしの言うこと聞く約束」 「そ、そんなぁ。私はしてないよ…」 「じゃ、約束破られたってさきこに言っちゃおっかな〜。証人もいるし」 「あ、はい。私が証人です」海鈴は明らかに適当に合いの手を入れた。「鬼かお前は…」 「さきちゃんに…うぅ…」 「三角さんもそんなに頑張らなくてもいいよ…」 「でもあたしがわざわざここまで来たんだからねぇ」 脅された初華は目をぐるぐるとさせている。にゃむは、初華のコントロール方法を確立しているようだった。それは単純明快ながら。「わかったよぅ…」常に効果は抜群だった。 立希は、自分が燈を餌に、愛音等にされてきた散々なことを思い、できればこの方法で初華の手綱を握る人間にはなりたくはないと思った。「当たり前ですわよ人をダシにして」 「よし決まり!」にゃむはそう言うと、少し考え込んだ。そして 「…ん。…あー、あたし、今日はもう行くわ」 にゃむは、そう言って撮影用のスマホをしまうと、荷物を持って立ち上がった。「え?もう?いきなり?」立希は少し驚いた。 「だってうみこの罰ゲームとか撮れ高低そうだしぃ」 「そんなことないですよ!…ん?いや、その通りです。早く帰ってください」 「落ち着けって」 「…馴れ合いはもういいでしょ?なんか今日の動画も使えるとこ少なそうだし。たきこ、うみこの罰ゲーム、ヨロシクね」 「あ、うん」 「バイバイ、にゃむちゃん」 「約束、忘れないでよ」にゃむは初華に釘を刺すと、そそくさと出ていった。 「なんか…いきなりだったな…」 「にゃむちゃん、きっと照れてるんだよ」初華は笑って言った。「みんなで楽しいことやるときは、大体あんな感じなんだよ」 「祐天寺さんはストイックな方ですから」 「そうなんだ」とは言ってもにゃむは、確かに海鈴に振り回されながらも、それなりに楽しそうにしていた。なるほどそしてそれをあまり認めたくない気持ちも…立希には少しわかる気がする。どうやらこの部屋には、不器用な人間は3人いたようだ。 「うーん。なんか、わかったような気がするな」 「なにがわかったの?立希ちゃん」 「アベムジカがどんな感じか…とか?」 「それは祐天寺さんと会ってみて、ですか?」 「まぁ、そうかな」立希は少し感慨を込めて言った。 「──海鈴も一応、ちゃんとアベムジカやってたんだなあって」 「た、立希さん!」海鈴は感涙した。 「それじゃあ罰ゲーム考えるか」 「…今少しムーディな雰囲気だった気がしましたが」 「三角さんなんかある?」立希は海鈴を無視して聞いた。 「う〜ん。うちでさきちゃんと遊ぶときの罰ゲームだったら」 「あ、もういい。全然、もう、言わなくて」にゃむに倣って初華を封じる。 「罰ゲーム自体も無くても良いのでは?」海鈴も、なんとか逃げ道を探しているようだった。 「そうはいかない。お前は報いを受けるべき」 「あ、恥ずかしい服を着せるとかどうかな!」初華が楽しそうに言った。意外な提案だ。 「ふぅん三角さん、それいいんじゃない?」 「三角さん!余計なことを!」 「うん、いつもうちでさきちゃんにね」 「あー…言わなくてよかったんだけどな〜…」 ──── 長崎そよの宅の安寧を破る人間はいつも同じだ。 「そより〜ん!」 「何?」どうせ碌なことではない。 「見て見てこれ!」見せてくるのはスマホの画面。映るのは、いつだったか見せてきた配信者のチャンネル。 「にゃむちの新動画!初華のヘアアレンジチャンレンジだって!再生数すごいよ!」 「再生数って…愛音ちゃん関係なくない?」 「もしもうちも有名人とコラボしたら!激バズりかも!」やはり碌でもなかった。 「ハァ…愛音ちゃん、誰連れてくる気?」 「えーりっきー繋がりでティモリスとか?」 彼女はどうせ何にも考えていない。多少有名人と知り合えただけで、舞い上がってこれだ。まさにミーハーの権化。 「ティモリスって言ったらさ!なんか最近ロリータファッションで活動してるって…」 それでも、一番嫌になるのは、この程度で嫉妬している自分だった。(今から、これ以上何を望むの?)愛音の言葉はもう右から左。でも、決して態度には出さない。そよが本音を晒すことは、人生というゲームの敗北を意味するのだから。 そよは深いため息をついた。