「何だ貴様ら!救助の邪魔だ!どかんか!!」 犬童三幸と霜桐雪奈がフロスベルグモンと交戦を始め数分後、灰かぶりの城へと続く岩肌に囲まれた一本道には、アイスデビモンやパンジャモンといった寒冷地帯に住むデジモン、アウルモンやモッキンバーモンといった飛行するデジモンの群れが、道を塞いでいる。 捲し立てるフロゾモンが威嚇のために、グラシエイトミサイルを放つも、敵は微動だにせず篤人達に害意を向け続けている。 「ここで待伏か……我々の到着を、少しでも遅らせたいようだな」 「ならミミックモン、こんな所で時間は……あっ」 ソフィーが唾を飲み込み桜色のデジヴァイスを取り出した直後、篤人は迷わず、ジャンクモン一は瞬考えた様子を見せ、同じように歩み出た。 「アツト。流石にソフィーちゃんとフロゾモンの力は借りとけ」 ジャンクモンの提言に篤人は、激情を既の所で堪えている歪んだ表情で、彼に目を合わせないように、首を横に振った。 「待ちなさいアツト。あの数相手に本気でやるの」 「ごめんソフィーさん」 篤人は制止するソフィーにも顔を向けず、デジヴァイスを取り出すと、敵の群れを睥睨しデジヴァイスを握りしめた。 「ちょっと八つ当たりさせて欲しい」 冷静に努めきれず激情が滲み出た声音で、篤人はジャンクモンをデストロモンまで進化させ、敵の群れに向け即座に砲撃を行った。 吹雪と曇り空の中、紫の巨竜から放たれる三連装砲による光弾の驟雨が、爆ぜ散る氷塵や体の一部と共に、赤い0と1が少しずつ空へと昇っていく。 「なんだあいつの火力は!?完全体も混ざっているのだぞ!?それをこうも!!」 「それだけ、強い望みから果たした進化……あれが篤人の望んだ奇跡のための力、か」 フロゾモンが湧き上がった恐れから僅かに後退ると、ミミックモンは収束が終わり、山ごと砕かんとばかりに横薙ぎに放たれるジャガーノートブラストの先、止められない光の中で叫びすら残らず消えて行くデジモンから、目を背けた。 「……C'est terrifiant」 その光景をソフィーは硬い表情のまま、目を逸らさずに凝視し続けた。 「すまねェみんな。このバカも少しは落ち着いたみてェだ」 進化から戻り、息を乱すジャンクモンの刺すような視線に、篤人は無言のまま、自分でもどこを見ているか分からないまま視線を合わせると、ジャンクモンは小声でくぐもり、黙った。 気持ちは殆ど、晴れなかった。敵を打ち倒せば晴れるはずだと思った激情は、脳裏に映る風見のデジヴァイスを握る鳥谷部の我が物顔の細目の笑みが、間欠泉のように吹き上げるように満たされる。 踏み躙られた。篤人は自分のデジヴァイスにすら足を向けられ、そして、三幸の持つ紋章とデジヴァイスすら、同じようになったのかと思うと、すぐにまたその隣から間欠泉が湧き出した。もしかして、城に居るであろうもう一人のテイマーも、誰かの紋章かデジヴァイスを持っているだろうか。 「殺して取り返せば、少しは気持ちも楽になるかな」 知らぬ間に胸中に押し込もうとした言葉が、出てきてしまった。フロゾモンが息を呑み、ソフィーとミミックモンはただ、篤人を見据えている。 「……アツト。ムカついてんのは俺様も同じだ」 ジャンクモンが、咎める目で篤人を見た。 「……それだけで嬉しいよ」 「今ので我慢しとけ。本番は城についてからだ」 唸って堪えるジャンクモンの言葉に、篤人は未だに湧き続ける激情を放り出そうと、大きく息を吸って、一気に吐いた。 「……ワタシが切り札を使わなかったのは良かったかもだけど、城はもう少し先よ? 貴方、大分力を使ったんじゃない?」 咳払いをし、少し逡巡したソフィーの問いに、篤人は迷いなく背嚢を降ろした。 「ジャンクモン。幼年期まで戻って、リュックに入って少しでも休んでよ」 「……アツト、荷物どうする気だよ。」 「捨てる。少しでも急ぐのと君を休ませ……」 背嚢のチャックを開けた瞬間、腹の虫が鳴った。 「……篤人。お前……」 篤人は髪を引っ張られたような感覚で強引に理性を引き戻されると、消していた表情が羞恥で崩れかけ、ミミックモンの視線に下を向き沈黙したまま、何事も無かったかのように再びチャックに手をかけると、ソフィーがその手を強く掴んだ。 「はい、ストップ」 強い不満が篭ったソフィーの言葉に、篤人は恐る恐る顔を向けると、彼女はにこやかに、そして褐色の肌に憤りの赤い火が感じられる笑顔で、手を強く掴んだまま口を開いた。 「メゾン・カンブルランの娘の前でお腹鳴らして、そんなこと言っちゃうのね貴方」 「……風が強まってるから聞き間違いだよ」 メゾン・カンブルラン。その名詞に篤人の記憶を辿ろうとして、それをやめた。ソフィーに手袋越しに掴まれた手を篤人は払わず、湧き出た強い感情だけを上から抑え込みながら言った。 「じゃあ言い直すわ。貴方、かなり力を使ったのよ?そのまま急いでどうするワケ?」 「ソフィーの言う通りだ。我らが力を使わなかったのは幸いかもしれぬが、城でも戦いになるぞ。 いま、一番力があるのはお主なのだぞ、篤人」 苦渋を感じさせる声音で、ソフィーとミミックモンは一旦休めと言外に伝えている。 篤人はその言葉で、今も何故か通った道の先のみで強まる吹雪の中、戦っている三幸や雪奈、そして灰かぶりの城にいる被害者達、雪奈から託されたディーアークの持ち主のことを考え、首を横に振った。 「分かるけど……やっぱり……「聞いてよいか、片桐」 それまで沈黙していたフロゾモンがゆっくりと篤人に近づき、肩を掴んだ。 「吾輩は貴様のことを良く知らん、いまここで全て知るつもりもない だがな……貴様は急ぎすぎだ。貴様が倒れては元も子もなかろう」 フロゾモンの言葉に、篤人は無言と関心の薄い顔で返すと、フロゾモンは肩を掴む力を更に強めた。 「正直な所、今すぐに貴様をぶん殴ってでも休ませたいが、特別に我慢してやる。 だが聞かせろ。何故ひと屋などと争う」 「仲間の仇討ちだよ。その上で、今は城に囚われている人を救うため」 何も躊躇いも無く淡々と返すと、フロゾモンは腕を震わせながら篤人の両肩を掴んだ。 「貴様の話は聞いたが……死ぬぞお前!奇跡的に生き残ったというのに何故だ!何故また挑む!!」 「このまま生き長らえるのは、僕には挑んで死ぬより嫌だったから」 心中に何も湧き上がらず当然のように現れた言葉に、フロゾモンは俯き、篤人から手を離した。 「言ったかな。犬童さんが持ってる紋章とデジヴァイスは、仲間が消える前に託してくれた物だって」 「……ミユキから聞いたわ。彼女、すごく大事なものを託されたって言ってたもの」 ソフィーの答えに、篤人は少し表情を緩めた。 「だからさ、少なくとも僕にとってはあのデジヴァイスと紋章は仲間の形見。 それを仇の組織の奴らが我が物顔で、しかも救う世界の侵略のために使ってるんだ」 「俺様だって、腹立ってんだ。アツトの怒りなんざ、俺様より遥かに上だろうよ」 「君の言う通り、奇跡的に生き残った。でも僕は、そんな奇跡クソ喰らえだ。 ここから本当に皆が救おうとした世界を救うのが僕の望む奇跡だよ。そのためなら何でもする」 篤人はフロゾモンから目を切ると、何かを思いついたのかジャンクモンに声をかけ、空き缶の大砲から既に用途の分からないメダルを受け取り、ソフィーに見せた。 「ソフィーさん、休むか行くかはコイントスで決めよう。言い合うよりこっちの方がいい」 「思い切り良いのねアツト。なら私は表を「待て貴様ら」 割って入ったフロゾモンは頭部のハッチに手を伸ばし、そこからガラスの靴を取り出した。 「C'est pas vrai!それ……サンドリモンの城への招待状!!」 「フロゾモン、お主……」 「少し前に言ったあろう。吾輩はサンドリモンの許に居たと」 ミミックモンの向けた視線に、フロゾモンは振り返りもせず低く言った。 「おいフロゾモン。持ってるなら何で出さなかった?それの確保が最優先だったんだぞ?」 「これは帰還用だ!貴様らに渡しても意味がない!それに定員は1名!あの人数を送れるか!」 ジャンクモンの問いに、フロゾモンは目をそらしながら荒げた声で答えた。 「なら何で、今になって出したのさ」 「……遭難者の救出のために決まっておろう!吾輩はフロゾモンだぞ!覚悟は決まった!!」 やはり目は合わせないフロゾモンに、篤人も何も言わないことに決めると、フロゾモンは咳払いと共にガラスの靴を指差し、また声を荒げた。 「問題はまだあるぞ!これは帰還のための一人用の招待状だ!この人数は連れていけんぞ!!」 「人数はミミックモンが解決出来るわ。前科もないのに囚人の気持ちも味わえるオマケつきよ」 ソフィーの即答に、篤人はアリーナで彼女が黒い煙から少しずつ現れたことを思い出した。 「これで問題は解決したか……なァ、アツト」 ジャンクモンの訴えのある視線に、篤人はすぐに招待状を掴みたい気持ちを軽く拳を握り堪えると、非常に言いづらそうに目線を誰にも負けないまま、話を始めた。 「……フロゾモン……ここから灰かぶりの城まで、あとどれくらい?」 「このまま歩くなら、10分くらいだな」 「……なら、さ、少しだけ休んで、いいかな……さっきので、ジャンクモンも、疲れちゃって……」 まだ逸る気持ちを残し、歯切れ悪く話す篤人にソフィーは笑いデジヴァイスを操作すると、キューバサンドを二つ取り出し、ジャンクモンと篤人に差し出した。 「本当はカフェオレも淹れて上げたいけど、それは全員生還してからのお楽しみよアツト」 篤人は笑って受け取り、頬張った。 ──── 薄暗い城の広間、紫色の影がガイオウモンへと低く飛び、二本のくすんだ金色の剣を振るう。 散る火花と響く金属音の中、生源寺は目を凝らしてカラテンモンの動きを見据える。スピードと剣速は勝さる相手。剣戟はガイオウモンが大きく動かず、大した傷も受けずに捌けている。 ならば自分の役目は、剣の応酬以外の所にある。それを考え、百蓮は颯乃の表情に視線を移した。 「剣だけでは攻めきれないか……!」 神田颯乃は肩で息をしながら、きっと本来の所持品ではない王子様候補に与えた不良品のD3を忌々しげに見た。それでさえ無ければ。百蓮もまた、そう思った。 「……ハヤノ!こうなりゃこじ開ける!」 疲労が見え始めたカラテンモンの言葉に、颯乃は僅かに逡巡し、不良品を握りしめた。 「……ガイオウモン、そろそろ来ますよ」 「はっ……ならば、参られよ!」 ガイオウモンはカラテンモンから目を切らずに、百蓮に一言を返した。相手は大きく動く。それを確信した百蓮も、地を蹴って一気に駆けるカラテンモンの影だけを、目で追う。 くすんだ金色が、振り上げる。叫びを上げながらの二刀同時の振り下ろし。ガイオウモンは同じく叫び、受け止めると、鍔迫り合いとなった。 「……止めてくれた!これなら!」 カラテンモンが黒翼を動かし、そこから風が渦巻き始める。 あれならば、対応出来る。百蓮は安堵して息を吐くと、バイタルブレスに力を送った。 「喰らいな!衝撃「悟ってこれか!生温い!!」 ガイオウモンが送られた力で増した膂力に任せ、翼を羽ばたかせるカラテンモンを床へと叩きつけると、勢いに任せ頭部を踏み抜きにかかる。 カラテンモンは咄嗟に頭を動かし躱すと、踏み抜かれた灰の床から土煙とガラス片が舞い上がる。続けてガイオウモンが刀を振り下ろすと、カラテンモンは床を背にしたまま【伊由太加の剣】でそれを防ぐも、一本を弾き飛ばされた。 二撃目に振り下ろされた刀をカラテンモンは両手と剣の腹で堪えながら、吹き飛んだ剣へと一瞬、視線を向ける。 次の瞬間、僅かに震えた剣に百蓮が気付くと、咄嗟に声を張り上げた。   「ガイオウモン!弾き飛ばした剣が来ますよ!!」 「……くそっ!やっぱり気付くか!」 ガイオウモンが指示応え片方の剣を備えに回したのを見て、カラテンモンは咄嗟に剣を、颯乃の元へと飛ばした。 「神田さん。拾うなら貴方から殺します」 百蓮は淡々と、剣を拾い上げようとする颯乃を睨みつける。ガイオウモンはカラテンモンの蹴り飛ばし、自身の刀……【菊燐】の縁頭同士を合体させ、大弓を作り上げ颯乃にそれを向けた。 「貴殿も遣い手であろうが、拙者に挑むのは無謀ぞ。そこで大人しくしておれ」 既に手を止めた颯乃は、歯を軋ませながらガイオウモンを睨むと、ガイオウモンは気にも留めず、大弓を蹴り飛ばしたカラテンモンに向け直した。 「カラテンモン!まだ終わって……うっ……」 剣を拾うことを諦めデジヴァイスを握った颯乃が、膝から崩れかけた。その様子を見た百蓮は小声で「不良品のデジヴァイスでさえ無ければ」と呟くと一瞬、目を伏せた、 「……これだけ戦えるテイマーを殺すのは流石に損失になりそうですね。ガイオウモン」 ガイオウモンが、立ち上がろうとするカラテンモンに向けた大弓に、人魂のような輝きの矢を収束させ始めた。やめろという叫びと鳴った金属音に構わず、ガイオウモンは怪しい輝きの矢……【燐火撃】を放とうとした。 その直後、城の床に空いた透明な穴からカボチャの馬車が現れ、ミミックモンが降ろされた。 「招待状……?転送は切っているはずですが……」 百蓮は突如現れたミミックモンに不審な目を向けると、ミミックモンは無言でデッドショットの形状をマミーモンの【オベリスク】へと変化させ、百蓮に向けて発砲を始めた。 ガイオウモンが舌打ちし、咄嗟に百蓮の前に立ち銃撃から守ると、大弓を二本の刀へと戻しミミックモンへと切りかかった。 振り下ろされた刀は、檻の中から現れた赤熱した剣が受け止めると、体勢を立て直したカラテンモンが背後から斬りかかるのをガイオウモンが防ぎ、どちらも弾き飛ばした。 「……狼藉者が!この灰かぶりの城に何用だ!!」 「賊が城の主を気取るな」 憤るミミックモンが檻を開くと、そこから黒い煙が現れ、複数の人やデジモンの形を作り上げ始めた。 「……相変わらず、運のいい子供ですね」 やがて煙の一つが、百連が何度も戦った少年の形になり始めた所で。百連は舌打ちをした。 「やっぱりあんたも居たのか、生源寺」 「……久しぶりじゃないですか、片桐」 ──── 透き通るガラス細工や像の置かれた灰かぶりの城の広間は、篤人の目にはどこか薄暗く冷たいものが見えた。防寒着の脱ぎ捨て、いつもの詰め襟姿に戻った篤人は、何度も戦った傷だらけの顔の女、生源寺百蓮の顔を見て、予想はしていたが厄介な相手が居たと、内心で舌打ちをした。 「狭かったでしょ、アツト?フロゾモンを間に挟まなければ美少女と二人旅だったのにね?」 「ソフィーさん、ジャンクモンがいるから……」 「ソフィー・カンブルラン!貴様は吾輩をなんだと思っとる!!」 半ば緊張感を解すようなソフィーのからかいに、篤人は僅かに耳に熱を感じたまま彼女の目も騒ぐフロゾモンも見ずに答えると、ジャンクモンに軽く足を叩かれた。 「アツト!セツナちゃんから貰ったアレ、反応してるぞ!」 篤人は、詰め襟のポケットに入れたディーアークが反応していることに気づき、周りを見渡した。 「……君達は、味方でいいのか?」 剣を握ったままの黒髪の少女と、そのパートナーと思わしき同じ剣を持つカラテンモン、そして生源寺のパートナーであろう、【く】の字に曲がったような剣を持つ、鎧武者の竜人。 戦っていたか。篤人は小さく呟くと、ディーアークの名前の持ち主である黒髪の少女の名をすぐに思い出し、彼女に近寄った。 「神田颯乃さんだね。霜桐さんから聞いたよ……とりあえず、コレ」 「私のディーアーク……というより、霜桐!?雪奈のことを知ってるのか!?」 篤人はディーアークを受け取り、驚いた表情で自分を見る颯乃に「聞きたいことはたくさんあると思うけど」と穏やかに告げると、そのまま硬い笑みで話を続けた。 「僕は片桐篤人、彼女はソフィー・カンブルラン……とにかく霜桐さんと一緒に、君も含めてここにいる人達を助けに来た。だから、味方だよ」 颯乃はその言葉に安心し、息を吐いた。 「ハヤノ、とにかく貴方は……城を出てまっすぐ。そのままセツナの所まで行ってあげて。 彼女とワタシ達の友達が、多分すごく強いやつと戦ってる」 ソフィーは薄紫の防寒着と登山靴を脱ぎ「ちょっと大きいけど」と言って、颯乃に手渡す。彼女はソフィーの言葉に、大きな喜びの色を出したが、すぐにそれを押し込め、防寒着に袖を通そうとした腕を止めた。 「……他に囚われた人達が、サンドリモンを解放しようと地下室に向かってる。 やはり、流石にみんなを放っておけない」 「地下には吾輩が行く!この城の主を助けに来たのも目的だからな!」 「というより、むしろお願い。僕ら、スピードには自信無いからさ……」 「……行こうぜ、ハヤノ。理屈でも俺達が行った方が良いみたいだ」 近づいたカラテンモンに颯乃が剣を渡すと、使っていた桜色のD3を放り投げ、ディーアークを握り締めた。 指示を受け、カラテンモンが出入り口を固めるユキダルモンまで駆け、瞬く間に切り伏せると、防寒着と登山靴を着け終えた颯乃は篤人達に振り返った。 「……ありがとう!君達の仲間も絶対に助けてくる!!」 「行ってらっしゃい、王子様」 ソフィーが手を振り、颯乃を見送った。 「……で、あんたは何もせず見てて良かったのか?生源寺」 「まさか。鳥谷部さんに連絡を済ませましたよ。 尤も、既に終わってるかもしれませんが」 生源寺の酷薄な言葉に篤人は彼女を睨むと、生源寺は肩を竦めて大きなため息をつくと、冷たく淡々とした言葉とは裏腹に、目の裏に何か、熱が宿り出した目で篤人を睨み返した。 「全く……命をドブに捨てようとしてるバカな子のせいで、今回も無茶苦茶ですよ」 「あのまま死んだみたいに生きるより、僕は死ぬことになっても、こっちの方がずっと良い」 「っ……ならここで死になさい。ガイオウモン!」 はっきりと目に苛立ちを見せ生源寺の荒げた声に、ガイオウモンは刀を構えると、篤人もそれに応えるようにジャンクモンを進化させた。 ──── 「……あっ……百蓮ちゃんから連絡入ってた。5分前に、片桐君達が招待状を使って城に来て、颯乃ちゃんとカラテンモンがここに向かってる」 「……【棺桶】で仕留められなかったのが、痛手になりましたな母上」 「あれ、私も自信あったんだけどねぇ……あの子が間に合ったら……少しきついかしら……」 自らが巻き起こした吹雪の中、フロスベルグモンは氷のバリケードを隔て、サーモグラフィーのように映る4つの熱源へ目を向け、ため息をつく鳥谷部の言葉に耳だけを傾けていた。 「急ぎたいけど、下手に近づいて死に物狂いで反撃されるのも……」 低くぼそぼそとした声で考えを巡らせる鳥谷部に、フロスベルグモンは目を細めて振り向くと、嘴で彼女の手袋を抓んだ。 「母上、手袋を外してくだされ」 「……イヤよ。寒いじゃない」 「外してください」 一瞬、言いにくそうにした鳥谷部に間髪入れず、フロスベルグモンは強い口調で咎められると、鳥谷部は渋々と右手袋を外す。その指は無数の切傷と共に、第二関節まで霜が張り、青白く変色していた。 「……またですか母上、何も言わずに魔術の消費を肩代わりするのはやめていただきたい」 「……あかぎれに比べたら大したことないわよ」 「大有りです!終わったら即、本部の診療所へ行くように!某も吹き飛ばされた足を診てもらう故!」 即席で作り上げた氷の義足を上げながらのフロスベルグモンの叱責に、鳥谷部は渋々と同意し、再び手袋をつけた。 選ばれし子供・風見愛為理のデジヴァイスから読み取り会得にした魔術は、消費する力の一部をテイマーが肩代わり出来る物ではあったが、その代償に傷を負う。 鳥谷部はそれを身に着け、【また】いつの間にか、行使していた。果たして、自分のテイマー今の状況でこのような自己犠牲を行う者であったか。フロスベルグモンは疑問を振りはらい、バリケードの中の熱源を如何に消すべきか思考を始めると、鳥谷部が「ヴォルテクスドラモンは流石に……」と呟いた後、思いついた様子で、ポケットに手を入れた。 「フロスベルグモン、のど飴舐めときなさい。 あなたの好きなオレンジバナナミルクのやつ」 「は?何を急に……」 「援軍が来る前に確実に行きたいなら、ルインリバーヴよ」 バリケードを見ないまま話す鳥谷部の言葉に、フロスベルグモンは再びバリケードに目を向け、鳥谷部の手から飴を啄み、しばらく口内で甘みを味わい飲み込むと、咳払いをした。 「……やはり歌う前は、この飴に限る」 ──── 「フロゾモンには頭が上がらないね。再生ディスクが本当に必要になっちゃった」 「……すまない、雪奈」 咄嗟で作り上げた氷のバリケードの中、ドライアイスから発された二酸化炭素の影響で、粗いヤスリで脳を擦られるような痛みに耐え、パートナーの謝罪に雪奈は必死に笑う。 ドライアイス化した後、昇華したヘルガルモンとクリスペイルドラモンの片腕は再生ディスクにより再構築された二体は、面目なさから少し俯いている。 「……この状況は私のせいです雪奈さん。迂闊な考えでした」 「それを言ったらわたしも……あの【鳥籠】には自信あったんだけど、あんな破られ方……」 唇を噛む三幸に、雪奈は痛む頭で思い返す。素早く動き、すぐに姿も眩ませるフロスベルグモンを捕えたる【鳥籠】は、乾坤一擲の策だった。 それを片足こそ奪えど、覆された。自分も三幸も死が見える苦しみを味わい、パートナー達は片手を失った。自分も噴き上がる煙のように溶け消える 薄灰色のドライアイスから噴き上がる白い煙…昇華する二酸化炭素で覆われた【鳥籠】を思い返す度に、息苦しさまで蘇る。 吹雪が、氷のバリケードを軋ませる。ヘルガルモンの背丈程の壁の外は、数メートル先も見えない冷たく乾いた純白の闇の世界。 見えず、動きは遅くなる。その中で打てる手はなんだ。吹き荒れる風と失われる熱、そして未だに痛む頭が、雪奈を焦燥させていく。 「一か八か討って出ても……何も見えない中でもし、あのドライアイス光線を打たれたら……」 「……今度こそ、終わる」 三幸とヘルガルモンの呻くような言葉に、雪奈は一気に熱が失われる感覚を覚えた。あれだけは、絶対に受けてはいけない。かすることすら許されない。受けた瞬間、ドライアイスと化して二酸化炭素となり消える。 巨鳥の推し量るような金の目が、目の前に浮かんできた。どこにいて、自分達を嘲笑っている。そう考えついた瞬間、雪奈は無性に湧き出した苛立ちから叫び、自分だけに見えているあの目を潰してやろうと、虚空に指を二本向け、巨鳥の目へと突き立てた。 「せ、雪奈さん……?」 「ふぅ……ごめんごめん。フロスベルグモンのあの目を思い出したら、無性にムカついちゃってさ」 突然の叫びに、三幸達は僅かに後ずさったが、すっきりとした声音の雪奈を見て、安堵を始めた。 「流石にいきなり叫ぶのはやめてくれ雪奈……でも、落ち着いたのか?」 クリスペイルドラモンの言葉に雪奈は頷くと、すぐに顔を顰めさせた。 「でもどうすれば良いか全然、思いつかない。 流石にわたしも力が無くなってきたし、ここまで吹雪が強いとカロスディメンションを強化しても限界が……」 「……見えなくても、せめて居る場所が何かで分かればいいんですが」 同じように苦い表情を浮かべた三幸の言葉に、雪奈は一瞬眉を動かし、痛む頭から反撃の一手への萌芽が始まりかけた。 「居る場所……探知機かな……」 「どうやって探るんだ?データ量か熱か?」 「あっ!それだよヘルガルモン!」 雪奈は、杖を支えにまだ少し蹌踉めきながら、ゆっくりと立ち上がると、思考の中に薄ぼんやりとした物が出来始め、それを少しずつ、形にしていく。 「とにかく場所さえ分かれば、手は打てるよ。流石に……片桐くんやソフィーちゃんが来てくれるまで凌ぐって考えになるけど」 現状がどうなっているか欠片も颯乃の名前を出そうとして、雪奈は堪えた。 「……颯乃は絶対に無事さ、雪奈」 堪えた様子を察したクリスペイルドラモンの言葉に、雪奈は堪えた気持ちを解き真っ白な息を吐くと、膝を叩いて、すぐにまた組み立てようとした。 「……ん?何だこの声?」 徐々に探知機が形作られる中、吹雪に遮られることのない高い声が、聞こえ始めた。 「……いい声ですわね。」 「……ダークエリアじゃ聞けねぇな、こういうの」 三幸とヘルガルモンが、表情無く流れる美声に聞き入り、表情を緩めた。雪奈も猛吹雪に遮られることなく、透き通るような美声が耳から伝わり、脳へと届いた瞬間、ドーパミンだけが堰を切られたダムのように一気に溢れ出し始めた。 「お、おい……確かにいい声だが聞き入る暇は……」 「あっ、ごめん。でも、すごく良いっ……こ……っ!?」 クリスペイルドラモンの制止に、雪奈は現状の解決に思考を動かそうとした。その瞬間、足の骨に亀裂が走ったように痛み、雪奈は杖を握ったまま雪面に膝をついた。溢れ続けるドーパミンが激痛から出かけた悲鳴に勝り、雪奈は自分の表情が、不自然に緩んだのを感じた。 「全員耳を塞……っぁ……!」 クリスペイルドラモンが警告しようとしたが、倒れ込んだ。その音を聞き、雪奈はまた立ち上がろうとしたが、続けざまに襲う痛みと耳を通る、天から聞こえるような美声に堪えられず、また膝をついた。 「クリスペイルドラモン、三幸ちゃん、ヘルガルモン、耳を」 それでも一欠片の理性が雪奈を突き動かし、周りを見て、また立ち上がろうして、痛みと心地よい声に負け、膝をつく。 骨が、臓器が、体内に亀裂が走り少しずつ崩れ行く痛む。だがその痛みすら、脳から決壊したダムのように溢れ出る心地よさが激痛さえも美しい旋律と変質させる。 耳を塞げ。雪奈の一欠片の理性が、懸命にかすれ声を上げる。そしてすぐ、まだ聞いていたいと、吹雪の音も体内から響く痛みの音さえ、天使のラッパを交えたような美しい歌に、雪奈の力が抜け始めた。 「っはは、颯乃ちゃんにも聞かせてあげたかったな」 雪奈は、そのまやゆっくりと目を瞑った。 そして、微かに聞こえた劈きと共に、歌は終わった。 「あれ?なにいまの声?」 唐突に目を開き、まるで知らぬ間に引き戻された雪奈は、まるで最初から何も流れていなかったかのように聞こえていた歌を探ろうと、耳を澄ませる。 何も、聞こえない。吹雪の音だけ。流れ続けたドーパミンは、いつの間にか水が全て押し込まれたように消え、雪奈はすぐに周りを見渡した。 「みんな、平気?」 「平気だが……何だったんだあの歌……もう少し流れてたらデジコアが破壊されたかもしれねぇ」 クリスペイルドラモンが頭を押さえながら言うと、雪奈はまた死が直前まで近づいたことへ背筋に湿った冷たさを感じ、身体を震わせた。 「……あれ?吹雪……弱まってません?」 外を見た三幸の言葉に雪奈は咄嗟に振り向くと、白い闇の少し先は、視認は出来る程度になっていた。 「よし。これならまだ……あれ!?フロスベルグモンがいる!?」 雪奈が立ち上がり、バリケードに隙間を作り外を眺めると、フロスベルグモンと低く駆ける紫の残影が見えた。 「ソフィーさんか篤人さんでは、ないですね……」 駆ける紫の影が、フロスベルグモンの凍った翼と打ち合う。一瞬動きが止まると、カラテンモンの姿を確認し、雪奈は胸の奥底から、吹雪すら忘れるような熱いものがこみ上げ、杖を握りしめた。 「雪奈、あのカラテンモン……」 クリスペイルドラモンの言葉に、雪奈は一度大きく息を吸い、こみ上げた熱が脳まで届かないよう押し留め、歩み始めた。 ──── 吹雪の中、カラテンモンの剣をフロスベルグモンが凍った翼で防ぐ。剣と思えば戦える相手。カラテンモンも凍った翼に苦慮している様子は無い。問題は、それ以外の所だと颯乃は感じ、フロスベルグモンと僅かに焦りを感じる鳥谷部の表情を見た。 「……貴様が来るとは!まさか百蓮殿が後れを取ったとでも!?」 「丁度新しい王子様候補が来てな!そいつらのおかげで出奔が叶った訳だ!」 フロスベルグモンは忌々しげに剣を弾き、一気に距離を取ろうと飛んだ。すぐさまカラテンモンが羽ばたき、低く飛んで後を追った。 「……追いつける?あの子、速さは自信あるのよ」 鳥谷部が、冷や汗を流しながらも細目で笑う。言葉通り、カラテンモンは食らいつけど、距離は徐々に離れていく。追い続けては、いずれこちらが力尽きる。カラテンモンも、それは感じているだろう。 何か、手は。考え始めた矢先に「抑えるよ!」と聞き慣れた叫びが聞こえ、フロスベルグモンの前方から、クリスペイルドラモンがスラスターを噴かせて突っ込むと、フロスベルグモンは想像はしていたように更に高く飛んだ。 その瞬間、クリスペイルドラモンの爪が淡く輝き、爪がロープの要領で射出されるの、フロスベルグモンの氷の足に絡まった。  「……やはり倒れて無かったか!」 動きが止まったフロスベルグモンは顔を歪ませ、絡まった氷のフックロープを風の刃で切断した。続けて、フロスベルグモン目掛けて飛ぶ火球を回避するため、フロスベルグモンは高度を落とす。 カラテンモンが追いつき、剣を振るう。フロスベルグモンは咄嗟で防ぐも、叩きつけられ剣で雪面に着地した。 「クリスペイルドラモン!?まさか!」 颯乃は胸に熱いものを感じたまま、クリスペイルドラモンに視線を送る。それからすぐ、火球の主であったヘルガルモンに気づき、片桐達の話す味方のデジモンだなと思い至ると、雪を踏みしめる音が響き、デジタルワールドに来てからは、殆どを過ごした相手が、流石に驚いた表情で駆け寄った。 「颯乃ちゃん!とりあえず……無事ではあるんだね!!」 「雪奈と一緒に来たテイマーに先に行けと言われてな!大急ぎで飛んできた!!」 喉まで、熱いものが登ってきたのを堪え、颯乃はすぐ赤い防寒着を身に着けて、右頬に傷のある少女を見た。 「君が片桐達の仲間か……私は神田颯乃。 君達のおかげで最悪は脱したよ、ありがとう」 「犬童三幸です……篤人さん、もう着いてたなんて」 颯乃は三幸にバツが悪い気持ちで「礼は後にさせてくれ」の苦い声音で告げると、再び雪奈の表情を見て、小さく笑った。 「雪奈、言いたいことはたくさんあると思う、私にだって、たくさんある。でも、今は……」 「わかってる。大丈夫」 雪奈が少し潤んだ目で、再びフロスベルグモンを睨みつけた。 「話は!こいつを!唐揚げにしてから!!」