・01 「は…?」 夜の底に沈みはじめた電気街の雑踏で、無数の電光掲示が脈動するように明滅していた。 店先に向けて置かれたテレビが、夕暮れの湿った空気を震わせながらニュースを垂れ流す。 その画面を見つめる青年─祭後終は、いましがた胸の奥を殴られたような衝撃のまま立ち尽くしていた。 『─先日ミュージシャンの猪狩塔也さん(33)が行方不明となっており…同署が誘拐事件と失踪の両面から─』 『─○日午前2時ごろに市の市道で発生したひき逃げ事件の…大場悼さん(26)が車両に400メートルひきずられ…皮膚がえぐれる大けがを負いながら…死亡を確認され…』 「猪狩…塔也…?」 画面に浮かんだ行方不明者の顔─派手な桃色の髪を揺らし、デジタルワールドで啖呵を切っていたあの男が別の"誰か"として報道されている。 瓦礫の下に沈んだはずの影が、世の中では平然と別名義で行方不明者として扱われている矛盾が、シュウの思考を一瞬で鈍らせた。 『俺様は当然プロゲーマーになった…だが、テメェの名前もハンドルネームもそこには無かった!』 記憶の奥─男が戦績表を空中に乱雑に投影しながら、怒鳴る声が響く。 格闘ゲーム、パズル、TPS─そこに刻まれた "オオバイタム" の文字列。 シュウは、戦いの最中で気にすることの無かった相手の名をいまさらながら掘り返す羽目になる。 だが現実のニュース番組が映し出したのは、卒業写真に並ぶ黒髪で小太りの青年─。 彼こそが大場悼だと告げられ、事態は別方向へねじれていく。 猪狩塔也と大場悼…二人の男が同時期に姿を消した事実だけが、奇妙に冷たい芯を持って胸に残った。 混乱と焦燥を抱え、シュウは電気街の雑踏へ足を踏み出す。 その背を、ひっそりと物陰から二つの影が追っていた。 「へぇ。アレがイレイザーサマがお熱心な男…祭後終」 ふぅと楽しげに息を吐く。 赤いメガネに反射する街灯の光が、少女の大きな瞳を揺らす。 フードの男は影そのものの滑らかさで闇へ溶けていく。 「準備は済んでいる。遊び過ぎるなよ」 「ん〜ワカッテル、ワカッテルってば」 少女─メグ=ハーディガンはヒラヒラと軽く指を振り、タブレットの画面を優雅に撫でた。 退屈を嫌う彼女にとって、祭後終の存在は久しぶりに脳を刺激する"おもちゃ"の匂いを放っている。 ネオンやデジタルサイネージの海を切り裂くように、メグはシュウの背中を追いかける。 その足取りは、愉悦を隠しきれない軽やかさに満ちていた。 ・02 夜気が冷え、街のネオンがゆっくりと深度を増していく。 さきほどニュースを背にした困惑の時間は、すでに戦闘前特有の静けさに飲まれていた。 リアルワールドの高層ビル…その屋上の縁に立ち、シュウは相棒の名を呼ぶ。 輪郭を夜風に揺らし、青白く澄んだ光を払ってユキアグモンはリアライズを完了させた。 「いいかユキアグモン。もう少ししたらこの下にバタフラモンが飛んで来る」 「おう!オレに任せろだゼ!」 情報提供者の胡散臭い女とは、しばらくぶりのやり取りだった。 声の調子は相変わらず飄々として、まるで再会のブランクなど存在しないかのように野良デジモンの位置情報を投げつけてきた。 デジタルワールドと現実の時間がかみ合わない歪さを、強制的に重い知らされる。 シュウは腕時計型のような機械・デジヴァイス01に指令を入力する。 それが赤外線を通してユキアグモンに伝わると、小さな体が一度だけ強く頷いた 次の瞬間─彼は屋上からダイブし、夜を引き裂くように全身を光輝かせた。 ギターのような鋭い音が流れ、光の卵が宙で破裂した。 進化の残光とビル風を切り裂きながら、鋼の流星が降る。 混乱しながら光線を乱射していたバタフラモンは、上空から降る進化の気配にすら気付けなかった。 躊躇なく放たれたストライクドラモンの回し蹴りが、昆虫のような脇腹にめり込む。 衝撃は濁った音と共に広がり、バタフラモンの体をビルの窓へと吹き飛ばした。 ガラスが砕け、会議室の暗闇が破れ、バジバジという羽音が悲鳴のように散る。 ストライクドラモンは反動を利用して向かいのビル壁面に飛びつき、爪を深く突き立てて姿勢を固定する。 人通りの無い夜の街が僅かに残した灯りが、彼を下から照らした。 ガコッという音を立てて壁材が割れ、粉塵が夜風に舞う。 二度目の衝撃─別の窓ガラスが破られると、ストライクドラモンが滑り込むように会議室へ侵入した。 狭所ではバタフラモンの羽が天井にぶつかり、自由な旋回もできない。 焦って宙を乱すバタフラモンへ、ストライクドラモンの拳が一直線に走った。 顔面を捉えられたバタフラモンは、糸が切れたように力を失い床へ落ちた。 室内に静寂が戻り、割れた窓から夜風だけが吹き込んでくる。 ストライクドラモンは気絶したバタフラモンを抱えたまま会議室の壁を蹴り砕き、露出した鉄骨の隙間から階段を見つけると一気に跳躍してシュウの待つ屋上へと戻ってきた。 夜風が鋭く吹き抜け、進化の残光がちらりと揺れる。 「よし、おつかれだな。ストライクドラモン」 床へそっとバタフラモンを降ろすと、彼の身体は淡く収縮し、光の皮膜をまとってユキアグモンへと戻った。 シュウはゴーグルを装着し、帰還用の歪みを探し出すために視界の奥へ集中する。 ─瞬間。バタフラモンの身体が、内部から発火するように強烈な光を放ち…爆ぜた。 閃光と爆風が屋上を横殴りに駆け抜け、鉄柵を軋ませる。 コンクリートに影が揺れ、シュウの姿が一瞬見えなくなる。 「はい。爆破確認っと」 爆心地から一つ下の階。 薄闇に沈む廊下の手すりにもたれ掛かりながら、赤いメガネの少女─メグ=ハーディガンが、画面を見下ろしてニヤリと笑った。 メグのレンズに反射する画面には、複数のバタフラモンの座標変動が映っていた。 綺麗な顔を愉快そうに歪ませ、唇だけで小さく歓声を漏らす。 「メグ。今回はどう遊ぶつもりだ」 タブレットの中から響く鉄のように硬質な声。 赤鉄の機龍・カオスドラモンがデータ回線越しに問いかけると、メグは肩をすくめて振り返りもせず歩き出した。 「あれ?言ってなかった?今回はチョット刺激強めのドッキリ」 メグは炭酸飲料の缶を指先でコツコツ叩きながら、目を細めた。 揺れた金髪と共に、軽い足取りで彼女は階段を上っていく。 ─屋上。 「ぐっ…シュウ!」 ユキアグモンはすぐに立ち上がり、爆煙の中で相棒を探す。 傷は一つも無い…だがシュウの体は微動だにせず、どこか寝ているようだ。 バタフラモンの残留データの甘い匂いを嗅ぎ取ったユキアグモンは、あの戦いの記憶を一瞬で呼び戻した。 周囲に拡散した黄色い粒子─それは幻覚プログラムの亜種・スウィートフェロモン。 あの時も大変だった…そう思い返そうとした時、頭上に影が差した。 「ユキアグモンくんこんばんは〜。そこのお兄さんは暫く起きないんじゃないかしら」 呼ばれた瞬間、ユキアグモンは反射的に振り返り、牙を見せるほどの怒りの表情を浮かべた。 「オマエがコイツを仕組んだんだな!?」 「そ。お兄さんは幸せな幻に閉じ込められてるの。特にそのバタフラモンにはスリープモンをアプリンクさせてある特注品」 スリープモン─自分も何度か一度味わったアレにユキアグモンの背筋が、条件反射的に震える。 メグは薄い唇で弧を描き、愉悦を隠さない。 「彼が戻ってこれるかどうか、ワタシと賭けでもしない?」 差し出された手、爪先まで整った指─それをユキアグモンは即座に払い落とした。 そして牙をむいたまま、彼もまたニヤリと笑い返した。 「へっ。じゃあオレの勝ちだゼ」 ユキアグモンの牙を覗かせた笑みに、メグは微笑みを崩さないまま首を傾けた。 「キミ、面白いよ。でもね…爆弾(バタフラモン)が一つとは誰も言っていないよね」 メグはタブレットの縁を、無造作に指先でトントンと叩く。 直後─地上で黄色い光が脈動し、連続して明滅する。 遠く、近く、ビルの陰、交差点、駐車場の奥…ユキアグモンは思わず息を呑み、四方を睨む。 「なんだよコレ…!」 「お兄さんと同じく幸せな夢の中に送ってあげたの。目撃者は少ないほうが"準備"は楽だからね」 メグは軽くウインクして、街全体へスリープが浸透していく様子をまるで花火でも眺めるかのように楽しんでいた。 「…これ、全部眠らせたってのかよっ!?」 「この子はちょっと大きすぎてね〜。リアライズする場所を整えてあげるだけでも大変なんだ」 メグが何でもないように言うと同時に、地面そのものが呻くように軋んだ。 コンクリートの外壁が波打ち、ドンっという音と共に亀裂が走る。 縦に深く螺旋を描くように、巨大なデジタルゲートが巨大な眼孔のように開く。 空間に生まれた歪みから吹き出した風圧が屋上にまで届き、コンクリ片が雨のように降り注ぐ。 ゲートの置くから凄まじい圧を伴って現れたそれは─赤く輝く巨大な塔だった。 ユキアグモンは壁際へ跳び退き、その気迫に震えた。 「この匂いは…デジモン…!?」 それは、あまりにも規格外の質量ゆえ、頭の一部が突き出しただけで塔のように錯覚されるだけだった。 赤い装甲を纏った巨大な頭部の先端が、ゲートの縁を砕きながらせり上がってきていた。 街を沈黙させたのは、すべてこのリアライズを完了するため─巨影がじわり、じわりと地上世界へと押し上がる。 シュウは昏睡したまま動かず、そのポケットにしまわれた石だけが熱を帯びて脈動していることには誰も気付かない。 「さ、キミの大好きなお兄さんはどれくらいで目を覚ませるのかな〜」 愉悦を帯びた囁きが、屋上の冷えた空気をなぞる。 メグの笑みに被さるように─赤い巨影がゲートを押し破り、都市そのものの空気が変質したかのように震え上がった。 ユキアグモンは歯を食いしばり、地を割る振動に負けまいと一歩を踏み出す。 ゲートから姿を現したのは、赤い機械龍。 胴体がゆっくりと地上へ押し出されたその全身は、ビル一棟に匹敵するサイズだった。 「こいつは…ムゲンドラモン!?」 絶望に似た驚愕が、思わずユキアグモンの喉を震わせた─だが、メグは肩をすくめて飄々と笑う。 「え?そんなモンと一緒にされちゃ泣いちゃうわよ?」 「この子はカオスドラモン─ワタシの仕事仲間」 ビルと並び立つ巨体が、赤い照準のような眼光をユキアグモンへ向けた。 まるで街そのものが睨まれたかのような圧が、屋上の空気を撓ませる。 「我はカオスドラモン─ようやく挨拶ができたな」 低く響く声は、重機の稼働音と獣の唸りを混ぜ合わせたような、機械と生物の狭間にある振動だった。 「近くの人たちはみーんな寝ちゃったから、この子が出てきてもそこまで問題はないでしょ?」 メグは軽い調子で言う。 「ま、アホなケーサツもウザいホードウも近寄れないようにはされてるけどね」 その言葉を裏付けるように、カオスドラモンの発する気迫だけで電子機器が狂い、報道へリが回転翼を絡ませながら夜空に黒い残光を残して墜ちてゆく。 「ぐっ…そんな事のためにバタフラモンたちの命を爆弾にしやがって!許せねぇっ!」 ビルの壁面に生まれた爆風を見たユキアグモンは爪を立て、怒りに瞳を燃やす。 それに対し、メグは本気で理解できないという顔で首を傾げる。 「えっ、なに? デリートされたヤツの事なんか気にしてるワケ?」 「デジモンなんて所詮データ…勝つか負けるかの二進数でしょ?」 無邪気さと冷酷さが同居したその表情に、ユキアグモンの怒りはさらに煮え立つ。 だが─一歩踏み出した足が、カオスドラモンの存在そのものが放つ圧に押し返される。 飛びかかろうとした体が、自ら萎縮するかのように震えた。 「流石に"超究極体"とされることもあるカオスドラモンには勝てると思ってないようね…だから賭けで対応してあげるって言ったの」 メグはクスクスと喉を鳴らし、タブレットの画面をユキアグモンの目の前へ突き出した。 そこには無機質な数字列──冷酷な現実だけが淡々と刻まれるカウントダウンが表示されていた。 「この数字は一時間のカウントダウン…お兄さんが起きるまで、一時間ごとに街のどこかへハイパームゲンキャノンを撃ち込むわ」 あまりにも理不尽な挑戦状─ユキアグモンは怒りに奥歯を噛みしめる。 メグはそんな彼を一瞥すると、心底楽しそうにスキップで屋上を小躍りした。 「何人消えるかなぁ?」 ─そのとき、静かな声が夜気そのものを切り裂くように三者の動きを止めた。 風が反転したように、屋上の空気が一斉に揺れた。 「残念だったな。答えは"ゼロ"だぜ」 ・夢想 シュウの意識がふわりと浮かぶ。 まぶたの裏に、柔らかな光が差し込んだ。 「おい、シュウ。起きろよ」 誰かの…懐かしい声がする。 シュウは寝ぼけたまま目を擦る。 次第に視界がはっきりし、窓の外には見慣れた景色が流れていく。 そこは、電車の中だった。 「ん…タカアキか?」 隣の座席にいた青年は親友・タカアキだった。 タカアキはいつも通りにかっと笑うと、「降りるんだよ」と言いながらシュウの背中をぺしぺしと叩く。 そのまま立ち上がり、当たり前のようにドアの方へと向かっていく。 シュウは一瞬遅れて立ち上がった。 胸がざわつく。これは─ 電車を降りるとそこには大量の人、人、そして人。 ビルの間を縫うようにぎっしりと人が行き交い、絶え間なく雑踏の音が響いていた。 「やっぱ祝日の都心に来るのは止めた方がよかったかなぁ?」 タカアキが軽く伸びをすると苦笑しながら言う。 「お前…」 何かがおかしい。 だがタカアキはそんなシュウの違和感をよそに、笑いながら人混みを掻き分けていく。 『─結城タカアキくん(11)』 視界にノイズが走り、耳鳴りがする。 頭の奥で何かが警鐘を鳴らす。 違う、これは─ ふと、右手の甲がじくりと痛んだ。 シュウは無意識に手を見下ろすと、そこには一本の傷跡があった。 古傷のはずのそれが、まるで新しい傷のように赤く滲んでいる。 再び視界にノイズが走る。 タカアキの姿が、不安定に歪んでいく。 焦燥感に駆られ、シュウは急いでタカアキの後を追った。 人の波をかき分け、やっとの思いで腕を掴む。 「ん。どうしたシュウ?」 振り返ったタカアキは、いつもの笑顔を浮かべていた。 「──お前は俺が殺しただろ」 瞬間─世界が溶けた。 タカアキが、周囲の人間が、まるで腐敗したゼリーのように溶け崩れ、地面に染み込んでいく。 まばゆい都会の光景が急速に崩れ、代わりに現れたのは、ひび割れたアスファルトと埃まみれの壁。 荒れ果てた街。 崩れ落ちて道を塞ぐ建物。 巨大な廃材の山。 そして─放置された廃車とその足元にある赤い線。 「繧キ繝・繧ヲ窶ヲ繧ェ繝槭お繝鞘?ヲ」 吹き抜ける風が乾いた砂を巻き上げた時、"ぬるり"と廃材の奥から、巨大な頭が這い出してくる。 まだ完全には形を成していないソレは粘土のようにゆらゆらと揺れながら、シュウをじっと見つめていた。 右手が再びずきりと痛む。 シュウは傷のある手を握りしめ、静かに目を細めた。 やがて周囲に立ち込めていた白い靄が、ゆっくりと晴れていく。 冷たい現実が、夢の残滓を押し流すように。 シュウは何度か右手をゆっくりと開いた。 その傷跡をじっと見つめながら、口元にかすかな笑みを浮かべる。 「人の心なんてとっくに捨てたさ」 嘘つきの涙は、とっくに枯れていた。 ・03 「おはよ。ワタシはメグ=ハーディガン。元クラックチームで、今はデジモンイレイザーサマの所で遊ばせてもらってるんだ」 シュウとメグは、超巨大なカオスドラモンに見下ろされながら対峙していた。 張り詰めた空気が夜の屋上をきしませる。 デジモンイレイザー─その名が耳に入った瞬間、シュウの脳裏にはミヨの顔が一瞬だけ浮かぶ。 そのせいか、わずかに眉間が歪んだ。 「なるほどね…くだらない夢なんか見させてくれたのは君かい」 「友だちとテキトーに集まって、テキトーな話をしながら遊ぶ。幸せな夢じゃない?」 メグはメガネをクイと押し上げ、タブレットをシュウに見せるつける。 そこに表示されていたものは、シュウが先ほどまで見ていたモノだった。 「どうして出てきたの?仲良し家族の夢のほうがお好みだったかしら?」 「黙れよ」 メグが歯を見せてニタニタと笑った瞬間、シュウの顔からすべての表情が消えた。 「─茶番は終わりだ」 静かに…しかし刃物のように鋭く声が発されると、闇を裂く轟音とともに巨影が闇から飛び出した。 ソレは、巨大な翼を破砕音とともに広げると、カオスドラモンの胸部へ質量の暴力そのものといえる体当たりをブチかました。 金属と金属が軋む悲鳴が夜空を貫き、カオスドラモンの巨体が仰け反る。 その影の正体…メタルグレイモンViは、跳ね返されながらもその咆哮で街を震わせた。 ビルの窓ガラスは一斉に破裂し、電線は火花を散らして断ち切れ、一帯が闇に沈む。 暗闇を背景に、カオスドラモンの眼光だけが赤く燃えた。 鋼鉄の脚が地を割る勢いで踏み込み、巨大な爪がメタルグレイモンViの胸を貫くべく迫る。 瞬間─メタルグレイモンViは咄嗟の判断で身を捻り、角をぶつけて軌道をズラす。 金属同士が衝突し、火花が夜空に散った。 だが、空ぶった腕とは逆の巨腕が唸りを上げる。 右腕による横薙ぎの一撃─地響きを伴う暴力的な衝突に、メタルグレイモンViの体は吹き飛ばされ、近接した二棟のビルの間へ弾き飛ばされた。 落下寸前、メタルグレイモンViは猛烈な揚力で姿勢を立て直す。 地表スレスレに突風が起こり、街路に並ぶ数十台の自動車が同時にアラート音を鳴らしながら空へ浮かび上がった。 カオスドラモンは再び迫り来るメタルグレイモンViの突進を、まるで巨大な壁のように真正面から受け止めた。 ドンっという音が響き、轟音と火花が散る─だが、その巨体は揺るぎもしない。 逆にメタルグレイモンViの体をにぎりしめ、その動きを押さえ込んだカオスドラモンは強烈な頭突きを叩き込んだ。 鈍い衝撃音が街を揺らし、メタルグレイモンViの巨躯は地面へと叩き落とされる。 アスファルトの破片が雨のように跳ね散り、黒煙が揺れた。 「もう少し理性的かと思ったのだが…随分と無謀なようだ」 無機質な声で言い放ちながら、カオスドラモンは倒れたメタルグレイモンViの腹に鉄塊のような脚を深く突き立てた。 装甲の下の肉が悲鳴に震え、空気を裂くような吠え声が街路に響いた。 その痛ましい音を全身で浴びたメグは、心底楽しそうな顔をする。 瞳はギラギラとした光を宿し、こめかみをトントンと叩きながらわざとらしいほど楽しげに声を弾ませる。 「あえて受け止めてるのかしら?確かにリベンジフレイムで東京ごとブッ壊せば、ヨワヨワなキミたちでもカオスドラモンに勝てるかもね〜!!」 爆笑するメグを前にシュウは一言も返さず、デジヴァイス01のパネルへ次々と指示を打ち込んでいた。 その表情は無…呼吸さえも淡々とした静けさが、逆に周囲の喧騒よりも異様であった。 メタルグレイモンViは振り下ろされたカオスドラモンの足を転がって回避─喉奥から火炎を迸らせ、カオスドラモンの顔面へ直撃させた。 しかし火の粉が散り、白煙が舞っても、超究極体の眼は一ミリも揺れなかった。 カオスドラモンは、その赤い眼をちらりとメグへ向ける。 メグは手をひらひらと振るう─「やっていいよ」とでも言うように。 僅かに笑ったカオスドラモンは、腕部ユニットを低くうならせた。 圧縮空気の破裂音と共に、巨体の先端から切断されたように赤鉄のクローが射出される。 【ブースタークロー】 火花を散らしながら一直線に迫るその軌跡は、まるで流星が大気を裂く瞬間のようだった。 「オレと同じ─ぐあっ!?」 メタルグレイモンViの胸部ハッチに、刃は容赦なく突き立った。 装甲を砕き、内部のフレームごとねじ込む衝撃が腹の底へ響く。 メグはタブレットを抱え、まるで講義でも始めるかのような口ぶりで続ける。 「メタルグレイモンのパーツを使ってるムゲンドラモンのアップデート版がカオスドラモンなのよ?」 「つまり、アナタの技に"使えないモノ"なんてないの!」 胸部へ刺さったままのクローはワイヤーで繋がれており、カオスドラモンはそのワイヤーごと腕を振り上げる。 金属が軋む音が鋭く響き、メタルグレイモンViの巨体は軽く宙へと持ち上げられた。 鞭のようにしなるワイヤーが巨躯を放り投げ、ビルの外壁に何度も叩きつけられる。 悲鳴を上げて砕ける鉄とコンクリートの反響音が混ざり合い、一撃が加えられるたびにメグは嬉々として目を細めた。 やがて、カオスドラモンは振りかぶるように腕を引いた。 ワイヤーが唸り空気を裂く音が重なると、巨大な鉄塊のようなメタルグレイモンViを、容赦なく地面へと振り下ろした。 轟音─アスファルトが割れ、粉塵が噴き上がり、地面は深く抉れた。 交差点の舗装か蜘蛛の巣状に割れ、やがて耐え切れず陥落した。 巨大なクレーターが、暗い口を開けるように姿を現した。 「がああああっ!」 悲鳴が掠れ、破れた。 クレーターの底にはノイズの走ったデータ片が滲み、砕けた装甲の隙間から落ちていく。 メグはその光景に、呼吸を忘れるほど目を見開き─そして恍惚とした吐息を漏らした。 「もっと、もっとよ!」 「無論だ」 カオスドラモンも一度では満足せず、持ち上げては叩きつけ、叩きつけては持ち上げる。 金属音と骨を砕く鈍音が交互に鳴り、街の闇が脈打つようだった。 トドメと言わんばかりに巨体の足が高く振り上がり─地面を沈ませる勢いで踏み潰す。 「ぐ──ッ!?」 苦痛に裂ける声は、倒れ伏したメタルグレイモンViのものではなかった。 カオスドラモンが踏み下ろした足は、無骨で鋭利な鉄爪・トライデントアームが足の甲を貫通していた。 赤い巨影がわずかに動揺し、鉄と装甲が擦れる不快な音が夜気を軋ませる。 カオスドラモンはその足を引き抜こうとするが、メタルグレイモンViは逃がさない。 むしろ深々と鉄爪を刺し込んだまま、全身の推進力を一点へ収束させた。 メタルグレイモンViは翼を一気に広げると、破損した機構に悲鳴を上げさせながらもカオスドラモンを空中へ持ち上げた。 怒りと加速が、巨大な機械竜を地面から引きがす。 「んぐおおおおおっ!重いんだよ、このヤローー!」 そして空中へと舞い上がるや、巨体を抱え込んだまま全身で旋回。 重力と遠心力を絡め取り、一気に地上へ投げ捨てた。 「お返しだぁぁぁぁッゼ!!」 建設中の高層ビルへ圧倒的な質量の塊が激突する。 鉄骨が折れ曲がり、外装が破裂し、ビルそのものが呻くように大きく撓む。 【オーヴァフレイム】 直後、メタルグレイモンViの口腔から再び灼熱の弾丸が噴き出す。 赤白の光が夜景を焼き払い、爆風が走って周囲の雲を吹き飛ばした。 そこへ、シュウの声が沈んだ響きを帯びて落ちる。 「そう。あえて受け止めたんだ」 メグが目を細める。 シュウはデジヴァイス01のパネルを流れるように操作しながら、低く続けた。 「完全体のパワーで超究極体に爪は通らない。だが─その逆はどうかな?」 シュウは攻撃を受け止めるフリをし、トライデントアームを突き立てるように命令していた。 カオスドラモンは自らのパワーで、鉄爪を体内にめり込ませてしまったのだ。 理屈が、暴力の裏に静かに沈む。 カオスドラモンはビルにめり込んだ状態で身を震わせ、ついに痛みを理解する反応を見せた。 すかさずメタルグレイモンViは歪んだ胸部ハッチを、内部フレームごと無理矢理こじ開ける。 悲鳴のような金属音の直後、熱線が奔った。 【ジガストーム】 ビル影を白く染める直線の光。 だがカオスドラモンは、獣の王のような咆哮一つでそれを押し返し、熱線そのものをかき消してしまった。 タブレットに刻まれるデータには、先ほどの攻防の中でジガストームの威力が上昇した旨のログが表示されていた。 ぞくりと震えたメグの頬を汗が伝う─その顔は、新たな楽しみを見つけ歪んでいた。 (これが究極体を数体同時に相手にしたメタルグレイモンの可能性…!) 着地の衝撃が足裏の穴を抉るように響き、痛覚が体内の機構へ逆流する。 カオスドラモンは巨体を軋ませながら顔をわずかに歪めた。 「でもね、ソレはもう使えない…」 汗に濡れた指先でメグがタブレットを操作する。 不規則な呼吸の下でもその動きだけは淀みなく、冷淡な命令が瞬時に送られた。 「理解した」 重低音の声が地面を震わせ、カオスドラモンは格闘戦へと飛び込む。 空中から襲いかかるメタルグレイモンViの動きを完璧に読み切り、絡め取るような一撃で体勢を奪った。 再び地へ叩きつけられたメタルグレイモンViによってアスファルトが砕け、砂埃が破裂する。 続けざまに右腕のアームが音もなく締まった。 それはまるで鉄を噛み砕く獣の顎のようで、メタルグレイモンViのトライデントアームが悲鳴を上げる間もなく握り潰される。 金属片と火花が散り、次の瞬間には根元から引き千切られていた。 「────ッ!?」 腕をもがれた痛みがメタルグレイモンViの身体を震わせる。 その腹部へ、カオスドラモンはひしゃげたトライデントアームを槍のように突き立てた。 内部フレームを裂く鈍い音が夜気を割り、その叫びはさらに強くなる。 カオスドラモンは突き刺した鉄塊を抜き取ると、握りつぶしながら無造作に放り捨てた。 破壊されたトライデントアームは地面を滑り、電柱をへし折り、信号機を吹き飛ばし、そのまま飲食店らしき建物の外壁に激突して動きを止めた。 鉄とコンクリートが跳ね散り、夜の街に重い余韻だけが残る。 (やはり元から不足したスピードを更に落とした所で有利には傾かない…最大の脅威はやはりあのパワー…!) 眉間の皮をつまみながら、シュウは苛立ちを噛み殺す。 じりじりと詰められていく余裕の無さが、皮膚の下で脈を打つ。 「くそおお─ッ!」 メタルグレイモンViが跳ねるように後退し、空気を裂いて距離を取る。 次の瞬間、決死の同時攻撃が上空から放たれた。 口からオーヴァフレイム、胸からジガストーム─熱線と火炎弾が夜空の一点へ収束する。 だが、迫る炎を前にしてもカオスドラモンは微動だにしなかった。 全身を走る無数の電紋が膨れ上がり、放電の奔流が嵐のように迸る。 【サンダーフォール2】 炎も熱線も押し返され、空気が焦げる音さえ掻き消された。 メタルグレイモンViは咄嗟に変異種防壁(イリーガルプロテクト)を展開する。 しかし次の瞬間、カオスドラモンは電撃の角度を意図的に曲げた。 彗星の尾のような稲光が軌道を捻じ曲げ、防壁の隙間を潜り、翼を容赦なく貫いた。 「やかましく空を動き回る事ももうできないわ。キミたちの武器はもう、無い」 墜落したメタルグレイモンViを見ながら、メグは勝ち誇る。 「それはどうだろうね」 開業前のホテルを粉砕しながら落下するメタルグレイモンVi。 砕けたコンクリートの粉塵の向こうで白目を向くその姿を前に、メグの勝利宣言を聞いてもなおシュウはわざとらしく口角を上げた。 「ハッタリ。じゃあ今からカオスドラモンに足元へハイパームゲンキャノンを撃たせるわ」 「君も死ぬぞ」 「なんで?キミの言葉がハッタリじゃなければ何の問題も無いじゃない!」 あっはは!と、メグの笑いが夜景を裂く。 タブレットに触れる指が命令を送り、巨体が応じる。 闇と電撃がカオスドラモンの周囲に渦を巻き、空気の粒子が破裂するような音を立てて集束を始める。 シュウのデジヴァイス01は緊急避難を促す警告音を限界まで鳴り響かせた。 上空に時空の穴が開く─究極体がその力を解放だした証だ。 薄い膜を破るような亀裂からパチパチと弱い電気が溢れ、肌へ無数に叩きつけられる。 それはまるで爆発の前に世界そのものが膨張しているかのようだった。 遠く離れた鉄塔が唸り、道路のアスファルトが波打ち、二人の立つ高層ビルの周囲だけでなく東京全域が震動する。 圧力だけで都市を沈めかねない力が、今まさに解き放たれようとしていた。 タブレットをいじる手をふと止め、メグはまっすぐにこちらを見る。 「余裕があるフリをしてる時のキミね、言葉が優しくなるの」 その声音は妙に静かで、いつもの挑発めいた熱がどこか霧散していた。 「今までの戦闘記録を見たの」 整いすぎた顔から向けられる視線を、シュウは睨み返す。 胸の底を占めていたのは敵意でも反論でもない…どうやって相棒を逃がすか、それだけだった。 その刹那、カオスドラモンの巨体がわずかに硬直した。 大地の奥底が裂けるような振動と共に、地面から突き上がる巨大な腕がハイパームゲンキャノンを上へ押し上げる。 蓄えられていた闇と電撃の奔流が軌道を変え、夜空を貫いて宇宙へ放たれた。 ─遥か彼方で星を砕いたかのような光がぱっと咲く。 その白さのあまり、シュウは反射的に目を閉じた。 「…!?」 まぶたを開いた先にあったのは、変わらない夜の街だった。 助かった…その事実だけは理解できたが、状況の意味は掴めない。 困惑するシュウと、なお息を荒げるメタルグレイモンVi。 その前へ、ゆっくりと一つの影が歩み出てきた。 ・04 「おじさん元気?」 夜気を切り裂く翅の音と共に、ディノビーモンがゆるりと滑空してくる。 その背から現れたのは、かつて肩を並べて戦った少女・カノンだった。 「カノンちゃん、ディノビーモン…!」 シュウの声が思わず震える。 金髪を揺らして着地した彼女は、こちらを見上げながら口角をわずかに上げた。 「兄さんからデジタルワールドで会ったって聞いたけどさ、もう帰ってきたの?」 「あのとんでもなくデカい…」 シュウは片手をすっと持ち上げ、空中に身長測定器のバーのジェスチャーを行う。 その高さは自分の頭一つどころか、もう二つ分も上にある。 「それはどっちかと言うと」 「俺は平均身長だ」 その目だけは、ふざける気配を一切見せていない。 カノンは「はいはい」と言いたげに視線を逸らすが、ほんの少しだけ口元を緩めたのをディノビーモンは見た。 「俺もいるぞ」 塔屋の扉が鉄の軋みを響かせる。 姿を見せたのは、かつてシュウを救った戦士・ジョージだった。 「ジョージ!なるほど、アレはお前のベタモンか」 「おう、あの時は見せてなかったな。アイツが俺たちの完全体・グラウンドラモンだ!」 「へっ、最高だぜ」 二人は迷いなく腕を組み、久しぶりの再会に短く笑い合った。 その熱量を前にして、カノンは半歩だけ後ずさる。 「げっ…熱血おじさんが増えたよ」 冷ややかな声が風より早く落ちてきて、彼女は盛大にため息をついた。 ディノビーモンがそっと背を丸め、グラウンドラモンはどこか誇らしげに鼻を鳴らしている。 夜の高層ビルの屋上に、かつての仲間たちが揃った。 吹き抜ける風が三人と二体の影を揺らすたび、過去に置き去りにしたはずの絆が、勝手に形を取り戻していく。 ─それが、シュウには怖かった。 心のどこかで安堵が芽生えるその瞬間を、誰よりも嫌っている。 "頼る"という行為が、自分を理想から遠ざける。 弱くなる自分を、あの時からずっと許せない。 それなのに仲間の姿を見た途端、胸の奥で凍っていた何かがひび割れ、温度が戻ろうとする。 消えなければならない自分にあるその微かな揺らぎが、何より恐ろしい。 シュウはその熱を押し潰すように歯を噛み、短く息を吐き、不適な笑みを浮かべる。 まるで、自分の心臓を静かに脅しつけるかのように。 「─さて、ハッタリじゃなくて悪かったね。コレが俺の隠し球さ」 肩をすくめてみせるシュウの笑みは、わざとらしいほど余裕を装ったものだった。 その手のひらが仲間へ向けて開かれる瞬間、自分自身の弱さがひょいと顔を覗かせるのを、彼は内心で噛み殺す。 「はつまんな」 メグはタブレットを胸元でくるりと回し、毒のない声で毒を吐いた。 「私はね、イレイザーサマが固執するキミたちの"可能性"を見たかったの…それが何〜?仲間ぁ?」 返される視線は、底の見えない侮蔑だけで構築された刃物だった。 「そんなモンに頼るなんて、本当に期待ハズレ…」 タブレットを指先で叩いた瞬間、カオスドラモンの両眼がぎらりと点灯する。 その怪力は地鳴りすら伴い、グラウンドラモンの巨体を軽いオモチャのように突き飛ばした。 地上で衝撃が弾け、ビルの壁面が揺れ、地盤がうねり、夜気がぐらりと歪む。 どすん、と響いたグラウンドラモンの落下衝撃は、町中に広がるように震えを走らせる。 「お…オレたちは…誰かに頼る事を恥ずかしいだなんて、思わないゼ…!」 血を滴らせながらも、メタルグレイモンViは膝を揺らしつつ立ち上がった。 メタルグレイモンViはよろめきながらも前を向き、血混じりの息を吐きながらニヤりと笑う。 「だろ─シュウ…?」 その声には、いやらしさやと下心がなかった。 シュウは相棒の真っ直ぐな顔に喉の奥が詰まりそうになるのを無理やり押し込み、強くうなずく。 その一瞬、胸の奥に安堵の火が揺れたことを誰にも悟られたくなかった。 一方、カノンは傷ついた一人と一匹の姿に不安の色を隠しきれていない。 だがシュウはそれを押し返すように、彼女の頭を軽くポンと叩いた。 それは不安に思う彼女の…いや、自分への叱責だった。 「そうだ!デジモンや人間はこんなにも支え合っている。ソレを勝手に期待ハズレなんかにされてたまるか!」 そしてメグを睨み据え、人差し指を強く突き出した。 まるで、自分の弱さごと相手を撃ち抜くかのように。 「…おじさん、それセクハラ。髪崩れるんだけど?」 「えっ、あっ、妹は喜ぶんだけど…」 カノンは髪を弄りながらシュウをジトっと睨むが、その目はどこか優しいモノに変わる。 メタルグレイモンViの重い足音に、通りに設置されたゴミ箱が軽い音を立てて跳ね上がった。 弧を描いて飛び、くるくると回転しながら夜の空を漂い…最後は、屋上のシュウたちの足元へ落ちてきた。 ─ゴミ箱から鳴った、その"がしゃん"が、戦闘再開の鐘だった。 ・05 「まぁ許してやるよ…おじさんズ、いくよ!」 カノンがデジヴァイスicを握り、夜気を切り裂くように叫んだ。 「もしかして俺もおじさん扱いか?」 「ジョージも十分オッサンだろ…」 「今のはグラウンドラモンだな?覚えとけよ」 軽口を叩き合いながらも、ジョージの目は鋭く数値の変動を読み取り、低く息を整えて構える。 「はっ、今のうちになかよしこよししときなさいよ」 メグは三人の会話を鼻で笑うと、タブレットの画面を乱暴になぞり、ディノビーモンとグラウンドラモンの戦闘データを高速解析させた。 「今しか無い─!」 シュウの声が走った瞬間、全員が同じものを嗅ぎ取っていた。 焦げ付いたハイパームゲンキャノンの砲身…焼けただれた金属が夜風に溶ける匂い。 次の一撃は、しばらく来ない。 その隙を逃すなと、メタルグレイモンViが巨影を震わせる。 だが、軋む内部音が痛ましいほどに響き、羽ばたく度に破損した部位から微かな火花が散った。 照準を向けられると悟った刹那、青い疾風が横を抜けた。 ─ディノビーモンだ。 蒼い弧を描きながらカオスドラモンの視界を奪い、その高速旋回がほんの僅かな猶予を生み出す。 意識を向けられたカオスドラモンが遅れて拳を振り抜く。 巨重の一撃が唸りを上げた瞬間──割り込んだグラウンドラモンが翼拳を突き出した。 【ガードフィールド】 翼拳から青白い薄膜が展開し、衝撃を受け止める。 膜が震え、軋み、光が散る。 だがその衝撃はその壁を易々と突き抜け、グラウンドラモンの頬を苦痛の歪みに変えた。 グラウンドラモンは大きく仰け反り、深い衝撃の余波が夜に残った。 「シュウ、作戦は決まったか」 「あぁ。悪いが二人とも、ここは俺に任せてくれ」 シュウは息をひとつだけ吐き、デジヴァイス01へ指先を滑らせた。 空中に浮かぶ赤い入力パネルに素早く命令を打ち込み、赤外線の光が三匹へ走る。 それは、戦場の空気を射抜くような鋭い閃きだった。 アップリンクを受けた瞬間、グラウンドラモンが地を蹴る。 巨体が一気に前へのしかかり、カオスドラモンへ組み付く。 だが鋼鉄の暴君は咆哮とともにアームを振り抜き、横薙ぎの衝撃でグラウンドラモンを弾き飛ばす。 金属がぶつかる重音が街路を揺らし、硝煙の匂いが風に混じった。 激しい攻防の隙間を裂くように、ディノビーモンが地を滑る。 青い軌跡を残しながら、カオスドラモンの足元へ潜り込む。 狙うは先程メタルグレイモンViが刻んだ傷口─。 だがカオスドラモンは足を振り上げ、そのまま踏みつぶす勢いで反撃に転じた。 一瞬、地面が沈むような圧が走る。 しかしその動作が、足場を甘くした。 わずかな揺らぎ…それで充分だった。 「あんまり舐めてんじゃねーぞっ!」 グラウンドラモンが再び身を沈め、翼拳と前腕でカオスドラモンを抱え込むように突進する。 驚くほどの力で押し込み、そのまま建設中のビルへ叩きつけた。 破砕音が夜気を裂き、ガラス片が雨のように散り、露出していた電線が青白い火花を撒き散らす。 崩れ落ちるコンクリートの影が揺れる。 ジョージが即座にデジヴァイスを操作すると、グラウンドラモンの気迫が一瞬で膨れ上がる。 巨体の奥底から沸き上がるような闘気が翼拳に凝縮し、握り締めた両拳が紅く脈動した。 そして、大気そのものが震えるような一撃が振り下ろされる。 以下、情緒重視・映像重視の方向でリライトします。 行ごとの句読点数も抑えています。 【スクラップレスクロー】 炸裂する叫びが響き、カオスドラモンも咆哮で空気を震わせ返した。 「舐めるな、完全体風情が!」 押さえ込まれたままのカオスドラモンは、攻撃に転じる際に生じたわずかな力の緩みを逃さなかった。 翼拳が離れ、圧の均衡が崩れた瞬間─カオスドラモンはアームを交差させる。 迫る打撃を金属同士が受け止め、そのまま軋む音を立てながらもグラウンドラモンをじり…じり…と押し返す。 足元の地面が耐えかねて沈み、砂塵が巻き上がった。 「負けんなよっ!グラウンドラモン!」 ジョージの声が割れた空気に叩き込まれる。 だが巨体同士の力比べは一瞬で均衡を失いかねない。 カオスドラモンの筋肉と装甲がうねり、押し返す圧は徐々に増していた。 「ディノビーモン、R033」 カノンの短い指示が風を裂く。 次の瞬間、建設中のビルの壁が内側から破砕した。 粉塵を突き抜け、ディノビーモンが放たれた矢のように飛び出す。 両腕には血管が浮き、筋肉が千切れそうなほど緊張している。 低い姿勢のまま滑り込み、先程メタルグレイモンViが抉った足元の傷へ突き立てる─。 【ヘルマスカレード】 しかし─刃は砕けも貫けもせず、青白い閃きはカオスドラモンの装甲で虚しく散って消えた。 金属の巨躯は微動だにせず、まるで壁そのものが立ちはだかっているかのようだった。 「ちっ…!」 カノンは手首から立ち上がるデジソウルを一瞬だけ輝かせた。 だが─この作戦に必要とされるのは、小さな体だと理解している。 自分が進化しては足を引っ張るだけ…その現実に舌打ちし、光を握り潰すようにデジヴァイスicを強く握りしめた。 「シュウ、行くゼ!」 「あぁ!」 シュウはゴーグルの紐を勢いよく引き下ろして気合を叩き込むと、メタルグレイモンViの掌へ乗った。 メタルグレイモンViはその小さな主を頭上へと押し上げ、深く、肺の底まで空気を満たし─叫んだ。 その咆哮に呼応して、裂けた肉が閉じ、内部機構が再構成されていく。 だが高速再生の負荷は凄まじく、治癒の声は次第に悲鳴へと変わった。 回復と苦痛の境界線で絶叫するまま、メタルグレイモンViはその巨体をUFOのようにぶち上げ、夜空へ凄まじい速度で弧を描いて飛翔した。 「何が起こっているんだ…!?」 「ぐ…ぐうううッ!あがッ!」 メタルグレイモンViは歯を砕けそうなほど噛みしめ、苦痛に震えながらも、瞳の奥で赤い光を点滅させていた。 その荒れ狂う点滅は、まるで体の内側で何かが壊れかけている証のように見えた。 シュウの脳裏に、ゲオルグ・D・クルーガーの言葉が刺のように蘇る。 才能が無い─その言葉が、何度も何度も頭の内側で反響する。 だがふと我に返り、デジヴァイス01を見る。 その画面には、メタルグレイモンViの体内で蠢く"青黒いエネルギー体"の反応が映っていた。 (こいつが、限界以上に力を引き上げようとしているのか…?) アトラーカブテリモンの森で引き起こした暗黒進化─あれも、この青黒い何かが影響していたのか。 そう直感したシュウは、背筋に冷たいものが走るのを感じた。 「お前ならやれる…誰が言おうとお前は最強だ!」 だが、シュウは確信を込めて叫んだ。 明るく、恐れを知らず無鉄砲で、友と未来を信じ、まっすぐ前を向いていたかつての自分─。 自分が失った姿を、パートナーに重ね合わせていた。 あの頃の俺なら、才能なんかで止まらない─シュウはそう信じ、叫んだ。 「シュウ…!」 メタルグレイモンViの赤い点滅が弱まり、呼びかける声が震えの奥から戻ってくる。 その瞬間、東の空がかすかに赤く染まり始めた。 夜明け前の薄明が一人と一匹を照らし、影が揺れる。 そして─夜空に浮かぶメタルグレイモンViは、右腕に巨大な銃身を備えた新たな姿となった。 【メタルグレイモンVi:アルタラウスモード:完全体】 各々のデジヴァイスが電子音を鳴らし、進化による回復でメタルグレイモンViのステータスがほぼ万全へ戻ったことを知らせた。 ・05 カオスドラモンはアームを振り下ろし、グラウンドラモンの顔面を抉るように叩きつけた。 肉がへこむ鈍い音が夜空へ散る。 「無駄な抵抗を…頭を下げれば、そこのキミは見逃してあげる」 冷たく告げる声に、ジョージは血を吐きそうな息で笑った。 「ご配慮痛み入る…だが俺とグラウンドラモンに気遣いは無用だ!」 その叫びが、グラウンドラモンの背骨に再び火を灯す。 巨体は傷で軋む体を無理矢理前へ押し出し、三度目の衝突でカオスドラモンの巨体を揺らす。 「足元の貴様も無駄な事をちまちまと…」 カオスドラモンの視線が鋭く足元へ向いた。 嘲る声が落ちた瞬間、別の影が低く走った。 「無駄…?私のディノビーモンを甘く見るなよ」 カノンの声が鋭く割れた。 カオスドラモンの足には、青い残光を伴いながらヘルマスカレードが繰り返し叩き込まれていた。 ひとつひとつは傷にも満たない衝撃だが、蓄積は確実に金属の底へ食い込み始めていた。 だが─ディノビーモンの両腕は既に限界を超えていた。 必殺技の連続使用で血管が浮き上がり、蒼白の肌にアザが点在し、その爪は根元から剥がれかけている。 それでも速度を落とさず、怒号のような羽音と共に敵へ突き進む。 息を焼くほどの速度を上げて、ディノビーモンはひたすらにその爪を叩き込む。 ただ一点を穿つためだけに、自分の四肢が壊れる音すら振り切って、青い残像を重ね続けた。 ─目の前の一点を砕くためだけに。 そして、決死の一閃がついに装甲の継ぎ目を断ち割った。 金属の破片が闇に散るなか、力を使い果たしたディノビーモンは地面を転がりながら倒れこんだ。 「よしっ…よくやった…流石ボクのディノビーモンだっ!」 胸の奥が弾けたように、カノンは思わず素に戻ってガッツポーズを取った。 感情が堰を切り、その瞳がかすかに潤む。 震える指で自前の改造デジヴァイスをぎゅっと握り込み、勝利の確信を噛みしめる。 だがその余韻を断ち切るように、メグの声が冷たく落ちた。 「二匹のステータス計測完了…カオスドラモン、出力五三パーセントでサンダーフォール三実行」 乾いたタップ音が夜気に響き、カオスドラモンの巨体が一斉に火花を散らした。 全身が裂けるような閃光を帯び、世界が白く揺れる。 爆ぜた電撃が衝撃波となってグラウンドラモンを吹き飛ばし、地面がえぐれ、空気が焦げる。 逃れようと跳んだディノビーモンの影を稲妻が追尾し、ビルの壁やコンクリートを削り取るように焼き裂いてゆく。 遅れて吹き抜けた突風が周囲の地面を波立たせ、人々を地面に押し付けた。 倒れ伏していた者の中には、衝撃の痛みによって強制的に意識を取り戻す者もいた。 「グラウンドラモン、無事か!」 ジョージの叫びが瓦礫に反響し、粉塵の向こうで身をよじる巨体に届く。 応えようとする声は空気を震わせる前に途切れた。 先ほどまでの衝撃が骨の芯まで残り、さらに必殺技を維持した反動が臓腑を締め付けるように重くのしかかっていた。 グラウンドラモンは荒い呼吸を繰り返しながら、かすかな震えで相棒の声に応えた。 「いけるぞ…ジョージ…!」 「ディノビーモンが逃げる隙を作る…それくらいなら…まだ…」 ジョージはその言葉に歯を食いしばり、握った拳に力を込めると、もう一度だけ攻撃命令を出す。 グラウンドラモンはふらつく脚で地を踏み締め、重い体を引き上げるように立ち上がった。 右腕がゆっくりと高く掲げられ、次の瞬間その巨体が地を貫くように叩きつけられる。 【ギガクラック】 破砕音とともに走った地割れが、正確にカオスドラモンの負傷した脚を裂くように迫った。 致命傷にはならない─だが巨竜の足は確かに揺れ、走り抜けていた電撃の流れが一瞬だけ寸断される。 その刹那が、逃走の線を引くための唯一の空白だった。 グラウンドラモンは技を放った直後、力の芯が抜けるように膝を折り、眩い反光の中で一気に縮んでいく。 次に姿を現したのは、小さな成長期・ベタモンだった。 空中に投げ出されるように落下したその体を、ジョージは迷いなく走り込み、両腕でしっかりと受け止める。 「よくやった…もう十分だ」 その声は震えていたが、ベタモンの体を包む掌はとても優しかった。 「上等!ディノビーモン、U636でブチかませぇ!」 カノンの叫びが焦げた空気を裂き、ディノビーモンは電撃をすり抜けながら、脇に抱えていた装甲片を思い切り蹴り飛ばした。 破片は回転しつつ、青白い稲光を照り返しながら遠心力で軌道を描く。 「条件はクリアした─メタルグレイモン!」 「おう!」 メタルグレイモンViの影が瞬く間に伸びた。 凄まじい加速で迫った装甲片を、銃口から展開する電磁フィールドが包み込むように捕縛し、空中でがっちりと固定する。 「よし…あとはコレをアルタラウスで射出すれば…」 シュウの狙いはただ一つ─カオスドラモンの装甲を、カオスドラモン自身の防御を貫く弾丸に変えること。 敵の硬度を逆手に取る、理想的かつ残酷なカウンターだった。 だが次の瞬間、ディノビーモンから狙いを変えた電撃が唸りを上げて迫った。 反応できる速度ではない─空気が焼け、時間が潰れる。 「ぐっ…シュウはオレが守る!」 メタルグレイモンViは反射的に身を沈め、アルタラウスで弾くように突き出した。 その動きの最中、胸奥に灯る青黒いエネルギーが脈動し、肉体の奥からせり上がるように光が走る。 その時、世界が波紋のように歪んだ。 メタルグレイモンViの周囲の空間が引き攣れ、アルタラウスの銃口へ向けてあらゆる質量が吸い込まれていく。 襲いかかる電撃、装甲片、町を覆う黒雲─重力でも風でもない力が、すべてを一点に収束させた。 やがて濁った雲を吹き飛ばすように光が弾け、姿を現したメタルグレイモンViの銃身は紅─レッドデジゾイドへと変貌していた。 深紅の金属が脈打つように輝き、得体の知れないエネルギーが表面を走る。 「どうなっている…同化した…!?」 ジョージの声は震えていた。 理解ではなく、本能がその力の奥にあるものが危険だと直感した。 「はっ…ははっ!なんだかわかんないけどやっちまえ!」 カノンは恐怖と興奮が入り混じった笑みを浮かべ、歓声を爆発させた。 「なんだっていい!ブチかませっ!」 「あぁ─しっかり捕まってろよシュウ!全速力でぶつかってやるゼェェェッ!!」 二人と三匹の意思が、ひとつの軌道へと収束していく。 その先に立ったシュウの喉奥で、胸の奥で、焼けた胃酸の味が滲んだ。 責任という名の重しが、彼の肺をゆっくり締め上げる。 だが─最初から退路は無かった。 赤と青…二色の尾を引いて迫る機竜の奔流が、夜気を裂いて一直線に伸びる。 その軌跡を見たメグはシュウの作戦の全貌を悟り、ためらいなく叫んだ。 「ハイパームゲンキャノン、上空照準ッ!」 カオスドラモンの巨躯が唸り、黒鉄の銃身が天を向く。 周囲の闇と電撃が引き寄せられ、溶け合って渦を巻く。 そして、巨大なエネルギーは一瞬で更に膨れ上がる。 デジヴァイス01は避難を促す悲鳴のような警告音を鳴らした。 それでもメタルグレイモンViは加速を止めない。 減速の余地など欠片も無い。 そのままねじ伏せるように速度を積み上げ、空間を圧し潰し、激しいGがシュウの四肢を軋ませる。 痛みはあった─だがそれ以上に、互いが互いに預けている"絶対の信頼"があった。 「いけえーーーーッ!!」 「後はブッ飛ばして終わりだぁぁぁッ!!」 その叫びが、朝焼けのように闇を貫いた。 【アルタブレード・RDG】 デジヴァイス01が閃光を放ち、画面にその文字が表示された。 二色の残光を纏っていたメタルグレイモンViはその刃に紫の焔を宿すと、震える大気を突き破って一直線に走る。 そして、突き出された刃はついにカオスドラモンの頭部を捉えた。 カオスドラモンの額に刺さったアルタラウスの先端から、X字を描く爆炎が噴き出した。 紫と蒼白の閃光が混じり合い、周囲のビルの壁面を蒸発させ、コンクリートを沸騰させ、空気を灼き切る。 光が弾けて散った後には、もはやカオスドラモンの影すら残っていなかった。 だが、その反動は大きかった。 メタルグレイモンViの巨体が思い切り前のめりに傾き、そのまま意識を手放す。 データが最ロードされるような音と共に一気にヒヤリモンへ退化し、ぬいぐるみのような軽さで空中へ放り出された。 「おおおっ!?」 突然足場を失ったシュウの身体が宙で泳ぐ。 肺が裏返るような落下の恐怖の中、それでも彼は気を失った相棒を抱きしめるようにキャッチした。 めまぐるしく回る視界、迫る地面…シュウは思わず息を呑んだ。 その瞬間─ディノビーモンが風を裂いて滑り込み、一人と一匹を抱えるように掬い上げた。 強烈な減速の衝撃を受け流しながら、ビルの屋上へと着地する。 「生きてる?」 「シュウ、平気か」 「た、助かった…あはは…」 息が乱れ、膝が震え、ディノビーモンも激戦でふらついていた。 シュウは礼を言いながらゆっくり立ち上がり。 そして顔を上げた時、いつの間にか目の前に黒いフードの男が立っていた。 無風の屋上にもかかわらず、男のフードだけが微妙に揺れているように見えた。 そして男の足元では、彼のパートナーデジモンらしきテッカモンが三人の視線に反応して僅かに身構えていた。 ─戦いは、終わっていなかった。 「俺たちは…カオスドラモンを倒せてない、だな?」 シュウの声はまだ呼吸の乱れを引きずり、肩がわずかに上下している。 その言葉に、黒いフードの男は視線だけを動かして答えた。 「そうだ。俺がリアライズの補助を行った際に時間制限をつけておいた…メグはいつもお遊びが過ぎる」 乾いた風が吹き抜け、屋上に沈黙が戻る。 その静けさを破ったのはメグの苛立ち混じりの声だった。 「バレットぉ、いつもいい所で邪魔をするのはどうにかならないワケ?」 メグは肩で笑いながら言い放つが、バレットは重く息を吐き、面倒そうに返す。 「今日は接触に留める筈だと、事前に打ち合わせしただろう」 その声音には、呆れと倦怠の色が濃く滲んでいた。 メグは挑発するように片眉を上げ、薄い笑みを浮かべる。 「信用したわけ?ワタシを?」 「していたら、制限時間なんかつけるか?」 バレットはフードの奥で目を細めた。 その一言が、乾いた火花のようにメグのツボに触れた。 次の瞬間…メグは堪えきれなくなったように吹き出し、背後の壁に寄りかかって腹を抱えて笑い出す。 その笑いは皮肉でも侮蔑でもなく、ただ楽しげでどこか壊れた風だった。 ディノビーモンでさえ反応に困ったように構え、ジョージとカノンは呆然とメグを見つめる。 場違いなほど明るい笑い声が屋上に響き、戦闘の余熱をあっけなく押し流していく。 やがてメグは笑いの名残を小さく吐き出し、肩を震わせながらシュウへと視線を戻した。 その瞳の奥には、さっきまでの軽薄さとは別種の光が宿っている。 そして、空気がふたたび重く沈み込んだ。 「あーー…ま、いいわ。ここまでやれたなら認めてあげないとね」 メグは頬に指を当て、くすりと笑う。 「イレイザーサマも"執着"を見せるキミたちの可能性─あの子たちみたい」 ふいに、彼女の脳裏を二体の巨竜がかすめた。 冷えた薄明の空に、その影だけが静かに揺れているような気がした。 メグは思考を断ち切るようにタブレットをひらひらと振り、バレットへ無言の合図を送る。 確認を終えたバレットがわずかに頷くと、テッカモンが前へ一歩踏み出した。 金属の剣が高く掲げられ─次の瞬間、床へ叩きつけられる。 轟音とともに、視界を焼き尽くすほどの白光が爆ぜた。 三人は条件反射で戦えない相棒たちを庇い、肩を寄せて身を縮める。 瞼を刺す痛みに耐えながら、必死に状況を見極めようと目を開いた。 光がゆっくりと収束したとき─メグ、バレット、テッカモンたちは屋上から完全に消え失せていた。 代わりに、昇りきった朝日だけがビル群の端を照らしている。 「やれやれ…おい、さっさとズラかるぞ」 「そうだね」 シュウが溜息混じりに言うと、カノンは伸びをしながら何事もなかったように階段の方へ歩き出す。 「…おい!もしかしてまたか!」 取り残されたジョージが叫ぶのと、街中にサイレンが響き渡るのは、ほぼ同時だった。 「くそっ、お前たちと関わるのはもう御免だぞ!」 ジョージは怒鳴りながらシュウたちを追い抜く勢いで駆け出した。 足音が階段に反響し、戦闘の余韻を振り払うように遠ざかっていく。 サイレンの音を振り切ろうとする背中は、この場を離れたい一心で跳ねていた。 今度はシュウたちが慌ててその後を追う。 ビルの外階段はまだ朝の冷気を残しているが、彼らの足音だけがやけに熱を帯びて響いた。 「はは…今日は竜崎さん来るの遅かったな。眠らされた人たちの救助に回ってたんだろうな」 「…私、アイツら知ってるかも」 シュウは息を整えながら苦笑すると、その横でカノンがわずかに眉を寄せた。 「クラックチーム…昔、世間を騒がせてたサイバー犯罪集団。名前だけじゃなく、動きも似てる」 カノンが手すりを掴みながらぽつりと呟くと、シュウは無理に肩をすくめて笑ってみせる。 だが、誰からも見えないその目は笑っていなかった。 「ま、ブッ潰す相手が増えただけさ」 軽口のように言いながら、シュウは窓の外に視線を滑らせる。 ビル街の向こうで、白い閃光が夜明けの空を裂いた。 光の根元から現れるダイナモンの巨躯─その姿を横目で捉えたシュウは、無理にでも笑みをつくり二人へ向けた。 だが、シュウの胸の底では別の焦燥が渦を巻いていた。 メグという少女は、デジモンイレイザー─いや、ミヨとの"繋がり"を持っている。 ならば再び出会う日は、必ず来る。 その確信だけが、シュウの背中をじりじりと焼き続けていた。 おわり 廊下をひとりの老人が進んでいた。 老人と呼ぶにはあまりに頑健で、肩幅も分厚い。 歩くたびに床がわずかに軋むような錯覚すら覚えさせるその風格は、ズンズンという足音が聞こえないのが不自然に思えるほどの圧を纏っていた。 そこへ、白衣の人物が影のように寄り添う。 すれ違いざまに無印の茶封筒を差し出し、老人は歩みを緩めることなくそれを受け取った。 封を切り、中身にざっと目を通す─カオスドラモンとメタルグレイモンViの激闘を写した写真、そして戦闘経過の報告書。 ほんの数秒で全てを読み終えると、老人は資料を白衣へ返した。 「千代田区の件は把握した…だが、今回は規模が違いすぎる。どう捌くか、慎重に決めねばならん」 「また"マフィア絡み"とか"テロリストの仕業"ってことにするんですかね〜。あの人たち、手柄になると思えば嬉々として飛びつきますよ」 ふたりは速度を落とすことなく、静かに会話を重ねる。 廊下の照明が頭上を滑り、影だけが淡々と伸びては縮んだ。 「しかし、デジタル庁だの電脳犯罪捜査課だのと威勢よく名乗りつつ、情報共有はアナログのままか。皮肉なものだ」 「厳城さん、そんな怒らないでくださいよ〜。"対デジモンイレイザーにはこの体制が最適"って言い出したの、誰でしたっけ?」 「…わざわざ口に出さんでいい。ここに映っている男も調べておけ」 老人─厳城は封筒の写真に映った青年を顎で示し、そこでようやく会話を切った。 ふたりは廊下の分岐点で自然に別れ、何事もなかったかのようにそれぞれの影へと消えていった。 .